嫌がらせ、かと思った。
結婚式の招待状。普通なら喜んで祝福してあげたい。でも、この結婚式は絶対にできない。
行かないことだってできた。でも、まだ未練があるって知られたくないあまりに"出席"に円をつけてしまった。後悔しきれない。来なければよかった。
嫌がらせだ。これは嫌がらせ以外の何でもない。
"誓いのキス"?じゃあ私とお前がしてたキスはなんだったの?私が触れていた唇は、もう違う人のものなの?
ただただ、私は教会の中で後悔し、涙を堪えるばかりだった。
***
式は終わり、今から披露宴。両家の親がたらたら手紙を読んだり、ビデオが流れたりする。なんて面倒なんだろう。
「沖田君、かっこいいわよ。」
妙ちゃんが総悟に声をかける。妙ちゃんは白いドレスに身を包んでいてとても綺麗だ。
「ありがとうございまさァ。
今日は楽しんでいってくだせェ。」
総悟は笑顔で答える。何ヨあの顔。あんなかわいい笑顔…私もあんまり見たことないのに。
「総悟ォ、よかったなァ。」
「おめでとう!」
みんな綺麗な格好をして総悟を囲む。
それに比べて私は、赤いチャイナドレス。ああ、何で私ってこんななのヨ。だから総悟にも…。
考えるだけで涙が出てきそう。気を紛らわすためにステーキを食べた。
「…あら。」
妙ちゃんがひとりでいる私に気づき、私の方に歩いてきた。
「…大丈夫?」
「何、が、アルか…。」
声が裏返る。大丈夫じゃないのがバレバレだ。
「沖田君も酷いわね。わざわざ結婚式に元カノなんて呼ぶものなのかしら?
まぁ3Zの生徒全員呼んでるみたいだけど…。」
「ちょっと気分悪いから外出てくるアル。」
私はいきなりガタンと席を立った。不機嫌なのが妙ちゃんに伝わってしまったかもしれない。それでも妙ちゃんは嫌な顔ひとつ見せず、心配そうな顔でわかったわと言ってくれた。
キィと重いドアを開けるとそこには星々が儚げに輝いていた。けして満天とは言えないが、その儚さが今の私には心地よかった。そしてさらに見上げると、ぽっかりと真ん丸い月が出ている。
――ナイトウエディング。あえて満月の日を選んだらしい。
私は近くにあったベンチに腰を下ろした。長いチャイナドレスを捲り上げ、おろして巻いていた胸ほどの長さの髪を束ねる。
再び空を見上げた。高3のときと変わっていない星空。私の時間も変わっていなければいいのにと思う。でもそれは叶わない願いごと。もう私ははたちを過ぎた。総悟も、みんなも。もう子供じゃない。こんなことで、動揺していられない、のに。
どうしてこんなに涙が出そうになるアルか。どうして堪えなきゃいけないアルか。
「チャイナァ。」
私の肩はビクッと動いた。だってその声は愛しい愛しいアイツの声だったから。
「探したぜ。いきなりいなくなるからなァ。」
「総悟、何で、ここに…。」
振り向くと白いスーツのままの総悟が憎たらしい顔で立っていた。
「ん、まぁ…久しぶりだし、喋りてーなって思って。」
「喋ることなんてないアル。」
「そう言わずにさァ。隣り開けてくれィ。」
私は渋々カバンをのけると、総悟はどかっと座った。行儀悪いな、全然変わってない。
「ああ、堅っ苦しい。俺ァあーゆーの嫌いなんでィ。」
「私もヨ。」
「…神楽。」
総悟がいきなり名前を読んだ。少し心臓が動いた。
「すまねェ。」
「何がネ。」
「…来てくれて、嬉しい。
来てくれねーと思ってた。」
「別に、来ない理由がないから。」
「…そうかィ、それならいいけど。
無理してねーかィ?」
「……別に。」
私、嘘ばっかり。全部反対ヨ。
「もし、俺ら別れてなかったらどうなってたんだろうな。」
「結局別れるヨ。運命は変えられないアル。」
そうでも思わないと、やりきれない。偶然なんかだったら、後悔の嵐。
「どうだろうねィ。
今頃俺らが結婚してたりして。」
ははっ、と総悟が笑う。…それだったらどれだけよかったか。
「ねーヨ。喧嘩ばっかだったのに。」
それでも、口から出てくるのは思ってもない言葉。なんて私は素直じゃないんだ。
「そうだな、喧嘩っつーか殴り合いみたいだったな。」
「でも、別れるときは殴り合ったりしなかったアル。」
「ああ、そうだ。お前が俺のこと無視したんでィ。」
「総悟が、浮気したからだったよネ。私、狂っちゃいそうだったヨ。」
「え?俺浮気してなかったぜィ?」「え?」
そんなはずはない。確かに私は見たのだ。
「私、総悟のケータイに来たメール見ちゃったのヨ?
"先日はありがとうございました。とてもよかったです。また後日しませんか?連絡待ってます。ミホ"っていうのを。」
「お前ェ、そんなの迷惑メールでよくあるやつじゃねーかィ!
そんなんで、俺を無視してたのかィ?俺が話しかける度にポロポロ涙零して……。」
「だって、わ、私てっきり……!」
なに、何、それ。私たちそんなことで別れたの?
「私……そんなつもりじゃ……!ごめ、ん、なさ…!」
「いいんでィ。気にすんなよ。」
私の言葉を遮った総悟は、穏やかな顔で星空を見つめていた。
「俺、今日はすげー幸せでィ。
愛してる人と家族になれるんだ。こんなに幸せなこたァねーよ。
おまけに愛してた人の誤解も解けたしな。」
お、まけ、アルか。
その言葉は思ったよりも私に深く突き刺さった。
今、総悟の前にいる人は私じゃない。私なんて眼中にない。総悟でいっぱいなのは私だけ。
「ほら、満月が綺麗だろィ?
アイツが、満月が好きだって言うから、わざわざこの日にしたんだぜ。
満月が、笑って祝福してくれてるように見える。俺ァ幸せだ。」
「……私には、」
「ん?」
優しく聞き返す総悟に、言葉がつまった。
「……………私もそう思うヨ。」
嘘。
私には冷たく嘲笑うかのようにしか見えない。
今にも、喰われてしまいそう。
て 違 同 ぼ
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る 月 場 ら
゜を 所 は
見 で`
(お月様、時間の流れをねじ曲げて。)
thanks Aコース