あたたかな、世界と、それからつよい君。それが組みあわさったらすごくやさしいんだと、気づいた俺は、遅すぎたのでしょう。あわさる前に、俺はつよさをなくしてしまいました、否、つよいと思ってた俺は、しょせんつよがりで中身なんてすっからかんの弱虫で、真のつよさを持ってるのは、誰がみても、やさしい残酷さとつよい身体を持っている君。俺のように、見栄ばかりが大きく膨らんでごまかしのつよさを手にいれたって、得るものは何ひとつありやしませんでした。なのに失うもののおおきなこと。しゃんと真実を見ていなかったのは、俺だったのであります。

つめたいつめたい、息も凍るような、夜でありました。気が狂いそうな気分、夜道を歩きます。ほんの数分前、振りかぶったあの刃。反射的に弾き返したのは、まぎれもなく、俺でした。くるりと宙を一回転、奇麗な孤を描き、さくり、これまた美しく、男の胸へ吸いこまれるように。声ひとつあげずに、崩れおちました。今までに命を、奪ってきたことなど、幾度となくあったのに。気持ちをおさえることは、得意なはずなのに。可笑しい、な。フと、かわいた笑みが洩れて、そこから大切な何かがこぼれてしまった、気がしたのでした。


今までは、必死に、自分を殺してたのを感じておりました。殺しはしたくない、だけど、仕事だと。この酷な作業は、やりたくてやっているんじゃない。権利なんかじゃなく、義務なのです。人間味を、捨てて、プログラム通りに動く、からくりのように。



切れかけた電灯に、ほんの一瞬光った、あの剣が、殺意と共に俺の視界の隅に入ったとき。それが研がれた鉄の刃の光であることは、経験上の、直感でわかりました。見えた瞬間、自分でも気づかぬうちに抜いた刀。振り切った感触は手のひらに残りました。プログラムなんかじゃあありませんでした。殺される、防げ、と、反射的に、筋肉が動いたのです。そう、脳まで伝達しない内に、運動器官が指示されたのです。脊髄で、逆戻りした、その意志は。一体、何処へ。


義務でなくなった瞬間、俺は人間性を失ったのでした。




「だれの血」


「だれだろう」


「だれでもいいけれど、お前は怪我してるように見えるアル」



夜道、ふわふわと、しかししっかりと、歩いてきたその化け物は、ただ非情に血を眺めました。深夜なのに何故このこどもがいるのか、そんなに薄着で寒くないのか、疑問は山ほどありましたが、今はそんなのはどうでも良く、また、彼女の白く細っこい姿形は、陽をきらっているのだとよくわかるものでした。闇に浮かぶ、彼女は、不気味に美しいと、感じました。




「人間でなくなったんでい」



「わたしもヨ」



骸骨のような指先が、俺の頬の返り血を掬い、それから服で、きゅっと拭いました。その、彼女の深紅の布は、きっと人の細胞で作られ血で染められたのではと、思ってしまうほどに、禍々しい紅でありました。白と紅は、よく映えておりました。




「沖田は人間だったのに」



「化け物になっちまった」



「同族嫌悪、ってやつかもしれないネ」



「成る程。手前は手前が一番嫌いなんだねい」



「そういうこと」



くつくつ笑うこどもは、俺よりも幼くて、俺よりも化け物で、俺よりもいかれてるのでしょう。だからこそ、彼女は、やさしく傷つけるのが、得意なのです。やさしくやさしく、いたわるように愛するように、そっと深く裂いていくのが。だけどそれは、危険物などではなく、只の、そこら中にちらばっているような、愛情でした。皆が飢え、欲している、只の深い愛でした。もっとも、それにいちばん飢えているのは彼女でした。



「なあ、非道い顔、してるだろう」



「今は、幸せを与えられるのが不幸せになるんでしょう」




「違いない」



「わたしに、何かできるアルか」



「なあんにも」



「そう、よかった」




そうでしょう、よかったのでしょう。殺してくれと言われなくて。彼女は決して人間でなく、非情にやさしさだけを与える、なのにやさしさに飢える化け物なのです。その上、俺が本当は死をおそれビクビクしている弱虫なのを、知らんぷりしてくれるようなやさしさなのです。残酷さとたいして差のないやさしさは、俺をなぐさめててはくれません。



「宇宙だけが永遠、化け物もいつかなおる」



彼女は、そうでしょう、と微笑み、また、ふわりふわり、足音もなく、闇にとけてゆきました。彼女はやはり闇が似合っておりました。いちばんの化け物が、化け物らしさをまるで病気であるかのように説くのは、なんと可笑しなことでしょう。だけど、まっすぐに、ああいわれると、何だか信じてしまうのでした。



刀にこびりついた、血が酷く、けがらわしく感じました。おそろしく感じました。こどものようだけれど、今まで殺してきた、数多の人々が俺をおそってくるような気がしてならず、屯所まで必死に走りました。何かが、追いかけてくるような錯覚。暗闇が、これほどにこわいなんて、初めて感じました。ひとりでありました。ひとりきり、何かから逃げ回っておりました。つめたい世界、たったひとりなのは、気が狂いそうでした。あのやさしい化け物がいてくれたら、なんて、俺がこんなによわいとは。つよくたくましく、剣をふるっていたのは誰だったのでしょう。きっと、それは、俺が作り上げた化身でした。あれは俺ではなかったのです。只のはりぼてだったのです。剥がしても残るものは、弱虫で死をおそれている心と、これまでの罪だけでしょう。



生死は、誰にでも支配できました。俺とて、死のうと思えばいつでも死ねます。持っている刀で腹をひと掻きする、舌を食いちぎる、しかし、死ぬのがこわい内は死のうと思えません。幾ら命をうばおうと、死を理解できない俺は、ただ死をおそれるだけなのです。



自室に着いて、刀と隊服を、たたきつけるかのように脱ぎすてました。今まで、何度も何度も、血を吸ってきたそれらは、俺の罪の証であり、また、恐怖でありました。つよさの化身がほしい、と思いました。どうか、弱さを隠してしまえたなら。だけど、気づいてしまった俺は、もうそれをつくりあげることは、できなかったのでした。叫びたくもありましたが、そんな気力はありませんでした。全力で走ったために流れる汗と、寒さで垂れている鼻水と、わけもわからず流れる涙で、もう俺はぐちゃぐちゃでした。たったひとりで、寒さに震えておりました。




つめたい世界の中に俺はひとり、それはちっともやさしくなかったのでした。アア、俺にはこんな世界しかないのなら、もう誰も俺なんて必要としてくれなくて良い、どうか緩く過ぎる世界を静かに見ていたいと思ったものです。



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