「悪いこと、したアルか」
 静かに訊く彼女の落ち着きは異常で、ぞくりと寒気がするほど。薄暗い雨の中、彼女はじっと睨むわけでもなく、俺の双眼を見つめていた。思わず逸らした、俺の負けだな。




 坂田は殺された。高杉を仕留めるべく船内に潜伏していたところ、真選組が船に押し入った。隊員たちは、坂田が高杉と内通していたのだと決め込んだのだ。不運。その一言に限る。坂田は少しも悪くない。しかし真選組隊員たちが悪いわけでもない。命がけの戦乱の中、誰が敵で誰が味方なんて、考える余裕もない。

 不運な戦死。俺らができることは、謝ることと金を渡すことくらい。

「すまねぇ」
「銀ちゃんは、幼なじみの高杉を殺そうと決意したアル。幼い頃からの友達、色んな苦難を共に乗り越えてきた仲間をヨ。だからこそ、銀ちゃんは、止めてやれるのは俺しかいない、って。その辛さ、わかるの」
「わかって、る」
「わかってないネ、これっぽっちもわかってない」

 そう、わからない。そんな経験をしたことがないのだから。坂田の人生は、俺の人生よりも遥かに残酷で、孤独だったのだから。

「…上からの、金だ。慰謝料、だろう」

 封筒を差し出すと彼女はそれを強くはたいた。こぼれ落ちたそのたくさんの紙切れは、水溜まりの中に、ぱらぱら、浮かんだ。



「金なんていらない!」




「銀ちゃんを」




「返して、ヨ」





 泣きもせず睨みつけてくる彼女は頑なで、強くて、そして儚げだった。亀裂の入った彼女はもうすぐ決壊するだろう。その前に抱きしめてやりたかった。坂田のかわりになれるのなら。

 しかし俺にそんな権利はない。






人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -