生臭い、この鉄のにおい。これに顔をしかめることが無くなったのはいつからか。
あれほど不快だった返り血ももうどうでもよくなった。帰りのパトカーでは指先について固まった血液をパリパリと剥がし楽しめる程。それに今までは殺さないよう気を使って斬っていたのに、最近では躊躇無く頭や心臓をぶすりだ。
今では自宅に血塗れのまま帰ることに抵抗は無い。別に大したことじゃあ無い。洗えば落ちる。
と思っていたのは俺だけだったようで。
「お前、最近おかしいアル」
血で固まった髪を綺麗に洗い満足して風呂から出てくると、俺の家内はいの一番にそう言った。何がおかしいのか全く解らなく、おかしいアル、その言葉が頭の中で数回ぐるりと廻り数秒の間があいた。
「なにが、」
「自覚無しアルか」
小馬鹿にしたように笑う彼女にムッと思ったが彼女はすぐに俺を睨みつけた。例えるならばあれだろう、道端に落ちている犬の汚物のように。
「臭いんだヨ、血生臭い」
すんと嗅いでみた。シャンプーの良い香りだ。服だって洗い立てのものだし、今の俺は何ひとつ汚れちゃいない。
「そういう問題じゃ無いネ。お前の存在が血液にまみれてる」
「仕方あるめぇよ、なんせ人斬りの仕事だ」
「それだけじゃ無いでショ。お前は人を斬ることを罪だと思ってないアル」
う、と言葉に詰まった。確かにそうかもしれない。しかしそれは必然的なことではないのか。毎日刀の練習をするのは自分が強くなる為であり、そして強くなるのは容易く攘夷浪士を斬ることが出来るようにする為なのだ。
「…仕方ねぇだろィ」
「何が?人殺しに慣れるのが仕方無いって言ってるアルか?ざけんじゃねぇぞ」
黙るしかほかない俺に、神楽は次々と言葉を投げる。完全に神楽は苛立ちにより興奮していた。息をつぐ間もなく一挙にまくしたてた。
「お前が少し斬る場所をずらせばそいつは生きるアル。お前がちょっと気を遣えば、消えない命が幾つあるの?例えそれが悪者の命であっても、消して無かったことにするのはおかしいとは思わないアルか」
この問い、皆ならばはい思いますと答えるのだろう。しかし俺の答はいいえ思いません、だ。
悪いことをしたら、自分にも返ってくる。当たり前のことだ。常識だ。それは皆が幼い頃から教えられてきた事ではないのか。寺子屋なり親なりに、言い聞かせられてはいないのか。しかしそんな境遇にありながらも道を逸れてしまったのなら、仕方がない。残るは天誅のみなのだ。
「わかんねぇなぁ」
「もういい、アル」
神楽はダイニングテーブルに肘をつき頭を抱えた。かける言葉も無く時計を見れば、もう遅刻の時刻であった。
「行ってくらぁ」
返事は無かった。やれやれと溜め息を吐き、慣れた動作で愛刀を腰に差した。チャキ、うん、今日もいい調子だ。ガムを口に放り込みバタンと玄関の扉を閉めた。全く、おかしな神楽だった。まあ帰ってくる頃には元に戻ってるだろう。帰りに酢昆布を買ってご機嫌取りをしなくちゃあなぁ。さ、その為にも今日も頑張りますか。最近俺ぁ仕事熱心だなぁ。今日は何人程斬るのだろう。
「麻痺してるヨ、」