夜兎とは、諸刃の剣である。相手を傷つけるのと同様に己の身をも傷つけてゆく。では宇宙一強い夜兎族の寿命の平均は四十年にも満たないのは何故か。
 身体の傷の回復力は驚くほど早い。身体を撃ち抜かれても一晩も経てば接合する。筋力や視力、聴力も発達している。即ち戦闘能力に長けているのだ。まず怪我をし難い、そして怪我をしても死ににくい。まさに闘うことに特化された種族である。
 しかし夜兎には大きな欠点があった。物凄く病気に罹りやすいのである。若い頃はそうでも無いのだが、年をとるに連れて抗体の機能は失われてゆく。わかりやすく説明するならば、人生の体力の強さと抗力の強さ(病気の罹りにくさ)を合わせて百とすると、地球人は三十対七十、夜兎族は六十対四十、のようなものだ。きっと夜兎族にとって闘えない老人は排除していくのが合理的なのであろう。つくづく戦闘能力に特化された種族である。嫌になるほどに。しかし稀に例外もいる。例えば鳳仙だ。地球人で稀に異常な身体能力を持つ者がいるように、夜兎族にも異常な抗体の強さを持つ者がいるのだ。
 神楽は例外では無かった。体力は有り余るほど有るのに、身体が動かなくなった。幾つもの重い病気に罹った。この時の神楽の齢は二十八であった。
「お、な……か、…った」
 喉に腫瘍が出来たため、神楽はもう自由に話すことは出来ない。喉だけではない。胃にも腸にも出来ている。
「お腹減ったの?ごめんね、手術まで食べちゃ駄目だって言われたでしょう」
 新八は泣きそうな顔で言った。神楽はそれを見てうんと哀しくなった。自分が新八に辛い思いをさせている。
「見て神楽ちゃん、桜が咲きそうだ。今度銀さんと見に行けたら良いね」
「………」
 自分の手を見た。少しもやせ細らない。運動をしなくても身体は筋肉を維持しようとする。脂肪は落ちたが元々あまりなかった為変わり映えはない。夜兎の身体が嫌になる。
 突如コンコンとノックがなった。一度目と二度目の間が長いノックだった。まるで入るのを躊躇ったようだった。
「席、外そうか」
 頷けば新八はにこりと笑った。おじいちゃんのような優しい微笑み。昔から大好きだった。
 新八は扉を開けてこんにちは、と言った。来てくださってありがとうございます。
 ああ、と軽く会釈をしたのは沖田だった。毎週末、この時間帯に沖田は来てくれた。
「よぅチャイナ、元気そうだな」
「ぜ…ぜん、…んき、じゃ…な、い」
「そうかい」
沖田は窓を開けた。春のほんの少し前の風が部屋に入った。生命の香りがした。
「春は嫌いだ」
「ど、して?」
「命を思い出す」
 真選組は解散した。幕府からの命令だった。新しく警察という組織を作るのだ。沖田はそのままフリーパスで警察に行った。警察は殺人をしない。生きたまま捕らえる。だから沖田は今まで奪ってきた命を思い出すというのか。
「おきた、き、て」
「我が儘な奴だ」
 喉を鳴らしてくくくと笑い、髪を手に取り口づけた。そして目に耳に唇に、這わせた沖田の唇はかさかさ乾いていた。
「……、…」
 不自由な声帯を持つ彼女の喘ぎは音には成れず、ただ吐息となり抜けてゆく。沖田と初めて行為をしたとき痛みと恐怖で泣いていた少女はもういない。立派な大人の女と成った。




「あれ、チャイナ娘の見舞いに来たんだが、…あんた何やってるんだ」
 土方が扉の前でぼおっとしている新八に訊いた。新八ははっと気づいて苦笑いで言った。
「沖田さんと、お楽しみ中ですよ」
 土方は呆れてものも言えなかった。




「総悟」
 新しい警察署で、煙草を吸いながら土方は言った。土方もそのまま刑事になっていた。
「何でさあ」
 沖田は窓から夜風を感じていた。土方を見ようともしない。
「病人に無理はさせるな」
「無理も何も、あいつから来たので」
 はあと溜め息を吐き煙草を消した。もう灰皿は一杯になっている。
「お前ももう三十路越えてんだ。いつまでそんな餓鬼でいるつもりだ」
「いつまでも、俺は俺」
 沖田はくるりと振り返った。その顔は神楽が地球に来たときからあまり変わらない、幼い表情だった。
「なあ土方さん、俺はあんたのようにはなるめーよ。我慢我慢我慢、結局姉上は死んじまった」
「やめろ」
「知ってまさあ、あいつがもうじき死ぬことなんざ。でも俺はあいつを愛してる。それを表現して何が悪い」
「おい」
「あいつが夜兎で無ければ良かった。そうしたらあんなに早くに死なないのに」
「総悟!」
土方が声を張り上げ、沖田はやっと止まった。唇を千切れんばかりに噛み締めわなわなと震えているその姿はただの少年であった。
「おかしいですか、恋人同士でも無いのにそういうことをするのは。でも、」
ぽろりと落ちた涙を見られないように直ぐに拭った。しかし次々に溢れるそれを止めるには沖田の手は小さすぎた。
「気持ちは一緒なんでさあ。神楽も俺も。だけど神楽も自分が死ぬことを知っている。だから言えないんだ。哀しませるだけだと解っているから」
嗚咽が漏れないように呻きながら地面にがくんと落ちた。土方も泣きそうな気持ちになったが、同情で泣いてはいけないと思い上を向き堪えた。沖田のくぐもった声が署内に響く中、それを上回る音が聞こえた。署の電話が鳴っている。土方はこんなときに、と眉を顰めた。
「もしもし、」
再び沖田の嗚咽しか聞こえない。かなりの長い時間、土方は喋らなかった。そして結局何も言わずに電話を切った。
「総悟」
土方は目頭を押さえながら言った。
「チャイナ娘が死んだそうだ。腹の中には赤ん坊がいたらしい。」
沖田は神楽、と呟いた。





脆い骨髄で体は支えきれるのか



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