「新八、何で月には模様があるアルか」
さくりさくり、先程まで聞こえていた雪を踏みしめる音が突如止んだ。振り返れば神楽は急いでいた足を止め顎を反らせて夜空の天辺に昇る月をじいっと見ていた。
「いきなり何なの」
「月で兎が餅をついてるように見えるっていうけど、全然兎になんて見えないヨ」
「まあ、そうだね」
「何だかぼやあって黒い影みたいなのが在るだけ」
「うん」
「何で昔の人は兎に見えたんだろうネ」
それは、きっと昔の人は空想家だったんだ。きっと昔の人はロマンチストだったんだ。現在のような頑なで理論的な心はまだ発達してなくて、ただふわふわと柔らかな感情が夢となり人々の間に広まって伝説になったのだ──なんて思うけれど。
「さあね」
僕がそう言うと神楽は月を見上げるのを止め、僕の瞳をじいっと見つめた。瞳を、というより、瞳をとおして僕の考えていることを見透かされた気がする。暗い夜だから神楽の瞳はきらりとも輝かずまるで深海のようだ。
「ふうん」
さくさく、先刻よりも速いテンポで雪が踏み固められてゆく。僕の隣に来て、彼女は言う。
「でも、本当に兎がいて欲しいものアルな」
「そうだね」
僕は、兎じゃなくて君が月でぴょんぴょん跳ね回る姿を想像してしまうよ。宇宙を見上げてあの星まで飛べそうだなんて考えていたんじゃないかい?ひとりぼっちで、壮大で無限な黒い空間の煌めく粒を瞳に映し青い青い地球に思いを馳せていた君、なんて幻想的なのだろう。所詮妄想の戯れ言であるが。
「新八、早く帰るアル。銀ちゃんが拗ねてるヨ」
神楽は跳ねて雪の感触を楽しんでいる。ああ、君はもうここでも兎だなあ。夜空も思ったより宇宙だ。地球も月でも君はお転婆な兎なのだろうな。