休み時間、誰もいない教室でひとり、煙草をふかす担任教師を見かけた。
ゆらゆらのぼる紫煙をぼうっと見つめる男は、こちらに気付いていないようだった。沖田は声をかけるでもなく佇む。どこか夢見るような男の横顔は、絵画のようにうつくしかった。
ふいに、男がそうっと口を開いた。
「かぐら」
頭を殴られた気がした。彼女の名を呼ぶ、かすれたあまい声。男もまた、彼女のことを。
すうっと心がつめたく、しずかになっていくのがわかった。
(あいつを泣かせといて)
銀八のいる教室の中へと足を踏み出す。
(今さら「すきです」なんて)
「先生」
「神楽は俺が貰いやす」

(言わせやしねェよ)



「神楽、帰るぞ」
サドはぎゅっと私の手を握り、自分の方へと引っ張ってくる。教室がざわめいても、彼はいつもの無表情を崩さない。
サドは変わった。私を神楽と呼ぶようになった。よく目が合うようになった。一緒に帰るようになった。そして、私を家まで送り届けた後にひとこと、「すきだ」とつぶやく。
私が首を振ると、こくりと頷いて帰っていく。
その三文字に頷くことはないと、サドもわかっているのだろう。それでもかすかに希望の色を含んだ声音は私の心を痛ませる。それ以上に痛いのは彼なのに。
「…ごめんネ、総悟」
つないでいた左手がやけにつめたい。
沖田と神楽が付き合っている。
その噂は瞬く間に俺のもとまで伝わってきた。噂を耳にしたとき、沖田の言葉が頭によみがえってきた。
あのときの覚悟を宿した、しずかに燃える瞳がよぎる。
(これで良かったんだ)
そもそも、神楽に「他の男にしろ」と言ったのは自分で、まさにその通りになったのだから。しかし、胸のつかえるような感覚はいつまでも消えなかった。
帰り道、目に飛び込んできたのは神楽を抱きしめる沖田の姿だった。
なんとなく気まずく思い、彼らから見えない場所で歩みを止めた。距離があるため聞こえないが、沖田が神楽の耳元で何かささやいているのが見える。
ちいさな彼女を胸に閉じ込めた沖田の背中からは、痛いほどの想いが伝わってきた。
神楽がすきだと。
そのとき、神楽のちいさな手が、おずおずと沖田の背に回された。
それだけで十分だった。
俺は踵を返し、目的もなく歩き出す。
きっとあいしてしまえばよかったのだ。なにも考えずに、ただ沖田のようにひたむきに。汚すことなどを恐れた、おろかな自分。
さよなら、神楽。さよなら、俺をあいしてくれた君。さよなら、君の泣き顔。

「ばいばい」





コマコさまの10000hit企画リクエストの作品がフリーでしたので、図々しくも頂いてきてしまいました。ありがとうございます!

やっぱりコマコさまの作品大好き(^^)切なさがヤバい!



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