木々の葉などはとっくに何処かに飛んでいき、丸裸になった木しかない公園は無性に広く感じた。風が吹いても転がる葉はなく俺の肌を冷たく刺すだけで何のメリットも無い。その物悲しい公園にぱちん、と風船ガムが弾けた音が響いた。味も殆ど無いガムをくちゃくちゃと噛み続ける。そして完全に味が無くなればもうひとつガムを足していく。これを繰り返しているとベンチに座り始めたときより口内のガムはかなり質量を増していた。ぷう。そのガムが丸く円を描く。するともう一度弾けるより先に背後に気配を感じた。


「勝負しろヨ。」


「はあ、」


俺の後頭部に傘を突きつけ闘いを申し込む奴をちらりと見るとブスッとしたなんとも不細工な表情をした神楽だったが、細められた瞳からは心情を窺い知ることは出来なかった。


「神楽様は今むしゃくしゃしてるアル。相手するヨロシ。」


「まあ、べつにいいけ――」


言い切らぬ内に俺の右側に突風を感じた。吃驚して見てみるとそこからベンチは繋がっていなかった。ベンチを切断し地面へめり込んでいる彼女の傘は、固い土を抉りゆらりと振りかぶった。


「あぶねえな、っ」


鞘から刀身を抜く暇も与えず振り落とされたそれはガキンと俺の目の前で止まった。鞘で防いでも尚強い衝撃にぞくりとした寒気を覚えたけれど、やっぱりその腕はか細い少女で。力は強くとも躰は女であるしかない彼女は、哀しみを感じたりはしないのだろうか。なんてことを考えていても傘は刀から離れようとはせず寧ろカタカタと小刻みに震えている気がした。果てな、と思い彼女を見れば深海のような宇宙のような瞳に煌めくものが溜まっていたのは果たして俺の錯覚か。だけどつい神楽の今にも折れてしまいそうな手首を掴んだのは紛れも無く俺の右手であり、頬に添えて親指を零れ落ちそうな涙で濡らせたのはれっきとした俺の左手であり。

「どうしたんだよ。」


優しく低い声を浴びせたのも限り無く俺であった。何故俺がこんな行動をしたのか何故俺が今日はこれ程優しいのか、それは一番俺が訊きたい。それよりも、拭ったのにも関わらず涙腺が決壊したかの様に溢れ出す涙を止めようともしないで俺の胸元にしがみつき咽び泣く彼女が何故今日はこれ程弱いのか。強がりで背伸びばかりする彼女が遠慮もなく俺のスカーフを濡らしていく様を、俺は戸惑いながら何も言えずにただ見つめていた。

しかし泣き声の嗚咽と共に出てきたその言葉は容易く俺の思いを引き裂いた。


「銀ちゃん、銀ちゃ、あん」


もしかしたら俺は彼女にとって弱みを見せられる特別な人間なのかもしれない。そんなことはあるはずが無いのに少しでも期待してしまった俺はなんて自意識過剰な馬鹿なのだろう。神楽の特別な人間は旦那ただひとりであり、きっと先程会った人物が俺で有ろうが無かろうがその様なことは何ら問題では無く、自分に優しく接してくれて思う存分泣かせてくれるのならば誰でも構わなかったのだ。それでも今彼女が頼っているのは俺で今彼女を抱き締めているのも俺で。このまま俺の物になれば良いと云う途轍もない独占欲に苛まれた。


「銀ちゃんは、私なんて、どうでも良いアル」


「なんで?」


「私が、銀ちゃんに好きって言ったのに、知らねえ、って。銀ちゃんは?って訊いても、」


答えてくれなかった、その言葉は泣き声にまみれて酷く聞き取り辛かった。神楽は解らないのかも知れないが俺には解る。旦那が神楽を突き放したのは神楽の為だと云うこと位。幼いから、夜兎だから、自分の娘の様な存在だから――理由など幾らでもあるだろう。だが、俺はそれを知って神楽の為に教えてやる事は出来る訳がない。自分の欲望には抗えない醜く汚い人間なのだ。嗚呼それに比べて旦那は素晴らしい人間なんだろう。


「神楽、俺の所に来いよ。俺はお前を捨てたりしない」


しかしそれさえも俺は利用するのだ。狡い?そんな事知っている。だけど、それがどうでも良いくらい神楽を手に入れたいんだ。恋なんて狡さのかたまりだ。










こくんと首を縦に振った彼女の顔は哀しみに歪んだままで、罪悪感のみが俺の心を渦巻いた。







この汚れは何時か落ちるのかな。








コマコさま、リクエストありがとうございました!希望通りに出来ましたでしょうか。コマコさまの素晴らしい作品に比べたらこんなのカスですが、私なりに頑張りました(汗)
コマコさまのみお持ち帰り可能です。これからもよろしくお願いします。



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