「いらっしゃいませ…あら、銀さんじゃないですか。ご指名ありがとうございます。」

「おー、ちょっと話があってな。」

いつもの腑抜けた顔でひらひらと手を振る銀さん。くすりと笑みが漏れる。

「その前に何かどうですか?ドンペリとかドンペリとかドンペリとか。」

「焼酎水割りで。」

完璧に無視をして、おっこいせ、とソファに座る。もう、銀さんたら。

「わかりました。すいませ〜ん!ドンペリお願いします。」

「人の話聞いてた?」

うふふと笑ってはぐらかす。なんだかんだ言って結局水割りに変えないのは彼の優しさなのかしら。馬鹿みたいね。

「話ってなんですか?」

ドンペリをふたつのグラスに注ぎながらさりげなく問いかける。

「あぁ…、それね…。」

銀さんがグラスを取ってちびちびと飲み始めた。あ、お前未成年なんだから酒は飲むなよ、と言われた。私はそれをクスクスとはぐらかしてもうひとつのグラスを手に取り、くいと口に傾けた。

「馬鹿。」

「ケチケチしないでくださいよ。」

私も、もう子供じゃないんですから。そう言うと、てめーはまだまだガキだ、だと言う。

冗談じゃないわ。そんなこと。

今までいろいろなものを護らってきた。そのためには大人にならないといけなかった。自分の欲も捨て、生きるために。

そんな私を、子供だって?馬鹿みたい。

「ガキじゃないわ。」

「へぇ?」

「私は大人ですから。」

「へーぇ。」

馬鹿にしたように返事をしてくる。私はそれを一瞥した。

私は自分を殺してきた。もう、我慢はできない。護ってくれる人が現れた今は、欲に忠実に生きてもいいわよね。

「だって、私は恋してますもの。」

「へぇ、誰に?真選組のゴリラとか?」

「そんなわけないです。」

即答で答えてふぅ、とため息をつく。空になったグラスを静かに置いて銀さんに近づいた。

「銀さん、ですよ。」

銀さんの頬に手を置いて瞳をじっと見つめた。なんて濁った瞳なの。どれほど悲しみに満ちあふれてるの。それでも、

「強くて、芯を持ってて、護ってくれるあなたが大好き。」

その瞳が鋭く光ることをしっている。優しく輝くことをしっている。そんなあなたに恋してる。そっと顔を近づけた。触れるだけのキスをした。


「……しってましたか?」

「んー。…俺、モテるからね。」

「うそつき。」

なにごともなかったかのように、銀さんは再びグラスに口をつけた。やっぱり銀さんは大人なのね。

「大好き。」

「ありがとう。」

――ありがとう。肯定もせずに、否定もしない。単語だけでとらえると曖昧な表現だけど、今は否定になるのかしら。

ふたつの空のグラスに酒を注いだ。静かな、穏やかな、沈黙。このときがいつまでも続くといいと思った。

その心地いい沈黙を破ったのは銀さんだった。

「さっきの話な、俺、かぶき町を出るんだよ。」

驚く気持ちは、なかった。少し悲しみが染みた。あなたなら、こういうことをいきなり言うと思ってたわ。

そうですか、と眼を閉じて呟くように言った。お別れですね。これは銀さんに聞こえていたかはわからない。

「今迄、世話になったしな。お礼でもと思って。」

それで、あんなに高いお酒を?本当に馬鹿な人だわ。

「今夜発つ。新八の面倒はもうみれねーけど、アイツも成長した。もう大丈夫だ。神楽は親父のところに帰るってよ。定春は俺が連れていくわ。」

ああ、バラバラ。こんなにも別れは唐突にやってくる。

そうですか。また言った。それしか言えなかった。

「ありがとな、いろいろ。」

「こちらこそ。」

銀さんがゆっくりと立った。私もそれを見て立った。

銀さんはおもむろに私を抱きしめる。あたたかい。とっても、優しいあたたかさ。

キスをしてくれた。大人のキスだった。やっぱり私はまだ小娘ね。

きっとこれは、私を気遣ってくれたから。銀さんは大人だから、私の我が儘に付き合ってくれただけ。

ぬくもりが離れた。じゃあな、と聞こえた。眼を開くと、もう私の前には誰もいなかった。


さようなら、銀さん。


私、あなたのこと、わすれない。






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