人間はよく、仮定形ではなしをする。


それは、はなしを発展させるのには不可欠で、またその仮定したことには、何かしらの意味がある。願望だったり、空想だったり、気遣いだったり。俺も、そのことに気がつかず、そんな情報を垂れ流しにしていた。言葉って大事だと感じた。

彼女も仮定形ではなしていた。それが願望なのか、空想なのか、気遣いなのか、判らなかったけれど。

「この街を出て行くことになれば、沖田はどうするアルか」
「武州に帰る」
「生まれ故郷に」
「他に馴染みの土地がない」
「いいところ?」
「いいところ」
「私は絶対に、あの星には帰らないアル」
「わるいところ?」
「すごくわるいところ」
彼女はそんな質問をしたけれど、この街を出ることについてはなしたかったのではなかったのだと思う。彼女は心からこの街を愛していたから。彼女が問いたかったのは、その、第二の場所のはなし。
「自分が生まれた場所には、普通思い入れや未練が残るアル」
だけど、と、彼女は続けた。
「私にとってあれ程嫌いな場所は、この宇宙のどこを探してもあそこだけアル」
おそらく彼女は、遺伝子レベルに分解したとて俺とは全く異なるいきもので、その上宇宙規模で強い種族なのだから、そんな気持ちを理解する方が難しいのかもしれない。





なんて彼女と話しながらぼんやりと考えたのは、何年前だったか。




結局、彼女は旅立った。夜兎の宿命だと言って。この、彼女の愛した土地に、何も残さず。おとなと子どもの狭間を彷徨っていたあの頃の俺たちは、確かにここに居た。だけどおとなの彼女はもう居ない。まるで、最初から居なかったかのように、街は動く。彼女は憎んだ故郷に帰るのだろうか。


俺はおとなになって、何かを落としてきた気がした。きっともう拾い上げることのない何かだ。ひょっとしたら彼女が宇宙へ持って行ってしまったのかもしれない。






それからまた、欠けた気分を持ちながら幾年か経った頃、文が届いた。訃報であった。誰のものかは、言わずもがな。



涙は滲んでこなかった。ただ、眼球がカラカラと渇いた。ああそうかと受け入れた。落としてしまった何かは帰ってくるはずもなく、さらに大きな何かがポロポロと落ちて行った気がした。その時に俺はやっと、恋していたことに気づいた。すべてが遅すぎる恋だったことに、ちょっと笑った。笑うと、しわが目立つことにも気づいた。










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