安っぽく縁どられた全身鏡に俺が映っている。なんの変哲もない俺だった。くっきりとした二重まぶたの目はまん丸く、唇はぽてりと桃色に愛らしく、身体の筋肉のしなやかな曲線は美しく、ただ、幾つかの歯型と鬱血があることと、動く度ズキンと響く尻の痛み以外、まったく、いつも通りの俺だった。がっかり。この靄のような感情には、この言葉がぴたりと当てはまると思う。

「簡単には何にも変えられないんですねィ」
隊服の白いシャツを羽織りながら、ため息をつくかのように、そう吐き出した。土方さんはその姿を一瞥しただけで何も言わず、煙草を噛みながらスカーフを締めていた。返事を求めていた訳ではないが、その対応に少しだけ眉を顰める。何だってこいつは、いつも大人なんだ。
「どうしたんだ、とか訊かないんですかい」
「手前の考えてることは、いつだって訳がわかんねえからな」
「多少ごちゃついている方が都合のいいときだってあるんですよ」
「大人はそうもいかねえんだよ」
その台詞を聞いて、唇が曲がるくらいには、たぶん俺は、不満な顔をした。土方さんがスカした顔で言うこの言葉は、嫌いで仕方がない。
「全部、何もかもを割り切る人が大人?ねえ、そうなんですかい」
「は?いきなり何だ」
「だってあんたは大人だから」
大人の定義がわからない。だけど、それでも、俺が子供であることは嫌になるほどほどわかる。いらいら、むしゃくしゃ、そんな負の感情が渦巻きどうしようもなくなって、土方さんの煙草を奪ってキスした。男の唇は苦くて苦くて、とても美味しいものではないんだけれど、昨夜から俺はこいつにずっとキスを求めていた。熱っぽい息は俺の頭をぐらつかせて、そしてまた、じいんと尻が痛んだ。

「童貞捨てたら大人になれるかと思ってたんですよ。だけど、なぁんにも変わんなかったからさ」
「処女捨てたってか」
「それでも変わんなかったですけどねィ」
女を抱いても男に抱かれても、世界は何ひとつ変わらない。空が緑色になるとか、そんな劇的な変化が起こるとかいう期待はしていなかったけど、ほんの少し、俺自身の何かに何かが起こって大人になれればと願っていた。けれど、世界にも俺自身にも、何ひとつ変化はなかったのだ。セックスひとつじゃあ、何にも変えられやしないのだ。

「あんたはいつから大人になれたんです」
「さあ、いつだろうな」
「なんか腹立つ」
「大人になりたいなりたいって思ってる内は、大人になんかなれねえよ」
「て言うか、ケツ触るのやめてくだせぇ」
「テメエのケツは好きだぜ」
「このホモが」
「もうお前も一緒だ、総悟」
クククと楽しそうに笑って、土方さんは俺の左耳を舐めて、噛んだ。そうしてそのまま、低い声で俺に言った。
「俺が大人なんだから、お前は子供のままでいろ。何か問題あるか」
思わずぞくっと左半身に走った何かは決して気持ち悪いものではなく、寧ろ、もう一度言って欲しいなんて思ってしまったことは、昨日の土方さんのあの表情を思い出してしまったことは、絶対に誰にも言えない。
「あー、もう一回してぇな」
「ケツ痛ぇって言ってんだろィ」
「慣れたら痛くなくなるって」
「これだからホモは。男だったら誰でもおっ勃つのかよ」
「んな訳ねーだろ」
それって一体どう言う意味なんです、そう訊きそうになったけれど、その答えを知って俺はどうしたいのか。出かけた問いを飲み込んだ。
「出ましょう。ホテルは嫌いでさァ」




未熟/121105







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