彼女は告白した、わたし、ほんとうは、かんかんに晴れ上がった青おいそらが好きなのヨ。
夜兎。名の通り、夜を好む化け物とかと思っていた。漆黒の暗闇、ふらりふらり、にたりにたり、楽しげに軽い足取りで、跳ね回っているのかと。彼女の身体は、闇によく似合う。細い筆で一直線に描いたかの様な手足は、弱々しい様にも無駄のない様にも見え、生気も色気も感じられないそれは、すらりと闇に溶けていて、尚且つ、よく映える。そんな闇の中に居る彼女を、俺は見たことがない筈なのに、その姿は何故だか鮮明に精細に、脳内にこびりついていた。
「傘はきらいヨ」
「俺はきらいじゃねえ」
ブ厚い雲に覆われた、雨降りの午後。彼女はくたびれた藤色の傘を持っていなかった。しとしとなどと云うやさしい降りではない、俺の何かを無理矢理に流し去って仕舞おうとでもする様な、大きな雨粒。しかし雨は俺のみに降り注ぐのではない。くいと顎を逸らし天を睨む彼女の顔をばしばしと強く打ちつけた、同じく何かを流し去ろう、と。
「太陽はきっとわたしのことが嫌いヨ」
「ほんとうに?」
この問いに、彼女はくっと表情を潰した。それがあまりに嫌らしく、小馬鹿にしたものだったからだ。雨は振り向いた彼女の顔を伝った。
「どういう意味アルか」
「太陽が、じゃなくて。手前のその夜兎の血が、太陽を嫌っているんじゃあないのか?」
アア、しまったなと、思った。俺はいつも、いけない正しさを吐いた。口腔をずるりと通り過ぎるその正は、決して間違いではない筈なのに、全く誰も幸せにならない正だった。
「もどかしい、って言葉があるけど」
彼女がその正を投げ捨てたのか、無視したのか、もしくは咀嚼したのか、それはどうでもいいし、知る由もないが、相も変わらず雨は俺たちの頭から脚までを、重く叩いた。
「きっとわたしがいちばん理解してるだろうネ」
俺はもう一度、アアしまったなと思った。
ひあいのかけらをたべた/120426