fond of you


仕事終わりにデートをするのは社会人なら一般的だと思うのだけれど、世の中のカップルはおおよそどれくらいがそうやって逢瀬を交わしているのだろうか。そうしてそれは、どのくらいの頻度で、どれくらい続いているんだろう。



付き合って5年になる実弥くんとは出会った時こそ肩を並べていられたけれど、流れた月日の分だけ彼はどんどんと昇進を重ね、気づけば上司と部下のようなポジションになってしまった。同じ会社ではないからしてそのような表現は適切ではないかもしれないけれど、まるでそんなふうに思えるほど、少しの仕草や言動は以前にも増して洗礼されていて、そしてその分、日々多忙を極めている。

そんな中でもこの5年間欠かしたことのない2週間に一度の週末のお泊まりデート。それは繁忙期こそ時間を短くすることはあるけれど、必ずお互いの顔を直接見る時間としてかわらずにある。いつもの駅で、いつもと同じ時間。最初の方こそお互いが早く着きすぎて笑ってしまうことさえあったけれど、ここのところは短いメッセージと共にわたしが待つことが多くなった。

もちろん、忙しいのなら無理をしないでと伝えたことだってあるけれど、そうすれば決まって実弥くんは「俺が会いたいから」と受け流す。それはわたしだって同じ気持ちであることには変わりないし、隔週とはいえこのデートは生活の一部としてすっかり定着している。けれど、あの頃とは違う実弥くんには急な業務などもあるだろうと、ならばせめて頻度を変えようかと提案しても、首は横に振られるだけだった。だからして、本音では休んでほしいと思いながらも、ついその言葉に甘えてしまうのだ。


そうして今日もわたしは、まだ少し冷たい夜風を纏って待ち合わせ場所へと駆けてくる彼を、嬉しさとちょっぴり複雑な心境で待っている。


「悪ィ、遅くなった。結構待ったか?」
「ううん、大丈夫。駅ビルに新しいお店入っててちょっと見てたの」
「そうか」
「それより実弥くん、お仕事忙しいんでしょう?無理しないで」
「っ、だからァ、俺が会いたいからだって言ってンだろ」
「それは、うん。わたしもだけど…」
「お前に会うために頑張ってんの。可愛い顔見せてくれやァ」
「っ、ちょ、ここ外だから!」

僅かに視線を落とせばすぐさま長い指がわたしの顎に添えられて上を向かされる。身長差分を埋めるように顔を寄せてくる実弥くんを慌てて交わせば、クツクツと喉を鳴らして破顔するその目元には薄らくまが見えた。

「実弥くん寝てないでしょ?」
「ン?アー、別に慣れてっから平気」
「そんなの慣れないでよ。ね、今日はゆっくり過ごそう?うちでごはんを作るよ」
「いいのかァ?」
「もちろん!実弥くんは一刻も早く眠ってください」
「そりゃありがてェが、聞けねェお願いだなァ?」
「っ、もう!変なこと考えなくていいから!」
「ヘェ、なんのことだか?」
「もうっ!」


疲れていることに変わりはないだろうにこうしていつものテンションでいてくれる実弥くんに押し負けそうになりながら、夕飯を済ませお風呂に連行し、寝室へと促す。そうしておやすみのキスを交わせばおとなしく寝てもらうことに成功した。もちろんわたしだって、全くの無欲ではないからして心根では少しだけ寂しいなんて思ってしまうのだけれど、側で体温を感じられるだけで、その存外幼い寝顔を眺めるだけで、胸の内はほかほかと温かくなるものだ。逞しい腕に寄り添って眠れば、それだけで幸せな夢をも見れそうであるからして、わたしはこれで十分に満たされている。


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仕事を理由に遅れることが当たり前となってしまったのはいつからだっただろうか。日毎に増していく業務に忙殺されそうな中でも欠かさずに交わしてきた隔週の逢瀬は、なくなてはならない、間違いなく俺の活力であり癒しだ。けれど反面、待ち合わせ場所で1人待つ名前を見つけるたびに、言いようの無い気持ちが心を埋める。もちろん、その姿を一目見れば、今までの疲れだってすべて吹き飛んでいくのだが、それは、走り寄れば柔らかく微笑み迎えてくれる名前が寛大だからである。その下がった眉に秘められた気持ちに俺は甘えている。


そうしていつもなら小洒落た店でとる夕飯は名前が作る俺の好物に変わり、一緒にと言いかけたところで連行された温かい風呂で疲労を流す。そうして促されるまま名前の匂いで満たされた柔らかなベッドに寝かしつけられれば、本音ではめちゃくちゃに抱いてしまいたい気持ちを残して身体はシーツに沈んでいく。重くなる瞼の向こうで微笑む彼女に腕を伸ばして、その唇を求めれば静かに重なって、俺は意識を飛ばした。

眠り姫がキスで目覚めるなんて、嘘っぱちだ。そもそも俺は姫ではないけれど、だ。


目覚めれば隣は既にもぬけの殻で、伸ばした腕が触れたシーツは冷えていた。いつの間に起きていたのだろう。そうして俺も、いつまで眠ってしまっていたのか。普段であれば僅かな気配で覚醒する意識も、名前の前だとろくに機能しない。それは単にこの疲労のせいではなく俺が名前を心から信頼し、その存在に安らぎを感じているからだろう。

時計を見れば存外寝過ごしてはいないことに安堵してリビングへ向かうと、珈琲の香りが鼻腔を擽った。探していた姿はソファの上にある。

「あ、実弥くん、おはよう」
「おはよう。いつから起きてたんだァ?」
「うーん、30分くらい前かな。いつもより少し早いくらい」
「そうか。起きたらいなくて焦った」
「あはは、どこにもいかないよ!」
「ったりめェだろォ…」

カフェオレを飲む名前の手からマグを奪い隣に座ると、起き抜けの回らぬ思考を言い訳にしてその膝上に頭を預けた。

「実弥くん?」
「ンー?」
「あまえんぼうだ?」
「…違ェわァ…」
「ふふ、お疲れだね」
「それは回復したァ」
「そう…?」

本心でそう言っているにも関わらず、名前はまた、眉を下げて笑う。腕を伸ばしその眉を親指で擦って頬に指を這わせれば、擽ったいと言いつつも僅かに擦り寄ってくる仕草がたまらない。

「名前」
「なあに?」
「今日どっか行きてェとこは?」
「えっ、うーん…」

名前は少しだけ視線を上げて数秒唸る。

「うーん、今日はゆっくりしない?」
「いや、それ前回もだったろォ」
「そうだけど。でも、おうちデートもいいじゃない」
「そりゃ一緒にいれるなら構わねェが、行きたいところとかねェのかァ?」
「それはまた、もう少し暖かくなってからでもいいんじゃない?」

俺のことを知り尽くしている名前は直接に俺を休ませようとはしない。前回もそうだったとおり、あくまで自分がそうしたいからということだ。

「名前がいいならいいけどよォ…」
「うん決まり!ちょうど借りてた映画があるの、一緒に観ない?」
「おう。そんで、昼飯は俺が作る」
「いいの?」
「それくらいさせろやァ」

いじらしい名前の首裏に腕を回し引き寄せれば、バランスを崩し落ちてきたその唇に触れるだけのキスをした。


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土曜の午前におなじみの情報番組を流しつつ、あり合わせの朝食を食べれば、いい天気だからと2人で布団を干した。それから、お昼には宣言通り実弥くんが作ってくれた特製のオムライスを食べた。しっとりしたチキンライスを包むとろとろでふわふわの卵はわたしがいくらやっても真似できないのだから、実弥くんはやっぱりすごいなあと改めて感心してしまう。そうして午後からは、差し込む陽射しをちょっぴり遮断して、借りていた映画を2人で観た。誘っておいて、最近話題の女性人気の作品だからと悩んたけれど、実弥くんは思ったよりも真剣に観ていて、それでいて、感情移入して泣き出したわたしに困ったように笑いながら手を握ってくれた。

充実したお家デートの夕飯には2人でお好み焼きを作った。綺麗に宙を返った生地にわたしが感嘆をあげれば、ヘラを翳してポーズをとる実弥くんに思わずレンズを向ける。時々こうしておどける姿は、きっとわたししか知らないだろう。そうして、たくさん笑ってお腹がいっぱいになれば「なにもしないから」と引かれる腕をそのままに2人で入ったお風呂で改めて近況を報告し合った。お世辞にも広いとは言えぬ浴槽の中、一緒に入れば素直になれるというけれど、実弥くんはいつも聞き手に回ってわたしばかりが話してしまうものだからちょっとだけ悔しい。いつだって優しい実弥くんの柔らかい猫っ毛をわたしが乾かして、わたしの癖っ毛は実弥くんの長い指が漉いた。ほかほかの身体のまま冷たいアイスを分け合って、ふかふかになった布団で抱き合って眠りにつく。満たされた週末はそうしてあけていった。


そうしてまたいつもの日常が戻ってきて、次のデートではどこかリクエストしてみようかなと考えたりもした。けれどやっぱり実弥くんも言うように、会えるだけでも嬉しいし、十分に満たされているのだ。けれど、もしそれでもどこかにと言われたら、少し足を伸ばして美味しいと噂の甘味処を提案してみよう。実弥くんが好きなおはぎもばっちりメニューに載っていたし。


決まった毎日を過ごしていれば2週間が経って、待っていた週末がくる。この日だけのお気に入りのリップを唇に馴染ませて、すっかり暖かくなった夜風に吹かれて待ち合わせ場所を目指す。いつもと同じ、約束の時間より15分ほど早くいつもの駅に着けば、そこには既に実弥くんがいた。

「実弥くん!」
「名前、お疲れェ」
「お疲れさま、今日は早かったんだね。ごめんね、待たせちゃって…」
「どうってことねェよ。それにいつも、俺の方が待たせてる」

そう言った実弥くんは少しだけ眉を下げた。その表情に、気にしていないと口を開こうとすれば、実弥くんはフッと笑ってわたしに手を伸ばす。その手を握ればぎゅうっと繋がれて、そのまま腕を引かれた。

「実弥くん?」
「今日は行くとこ決めてあンだわァ」
「そうなの?」
「おう、こっち」

手を繋いだままロータリーを抜ければ、そこには久方ぶりに見る実弥くんの愛車。

「今日車だったんだ」
「おう」
「あっ、でも、車なら帰りが、」
「ん?心配ねェよ」

外で食事をとれば合わせて少しのお酒も嗜むからして移動はもっぱらタクシーだった。珍しい展開に胸が騒つく。固まったままでいれば助手席のドアが開かれて、促されるまま乗り込んだ車内は実弥くんの匂いでいっぱいだ。思わず、嗅ぎ慣れたその香りをすうっと吸い込んでしまう。運転席に乗り込んだ実弥くんはわたしの様子に一瞬首を傾げたけれど、なんでなもないと手を振ればアクセルを踏んで、車はゆっくりと動き出した。

BGMにいつかわたしが好きだと言ったアルバムを流して、車は明るいネオン街から離れていく。実弥くんの言う行きたいところというのは、近場ではないのは確かだ。

「どこに行くの?」
「アァ、それは着いてからの楽しみってやつだなァ」

妙にどきどきと気を乱すわたしとは裏腹、実弥くんは前を向いたまま僅かに口角を上げた。


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「…実弥くん、ここって、」
「おう」

おおよそ2時間で到着したのは、先々週の情報番組で取り上げられていた旅館。何気なく観ていた俺の隣で、声に出さずともきらきらと視線を向ける名前を見れば、その気持ちはありありとわかった。

「名前?」
「……」
「違ったか?」
「…ううん…、実弥くん、ありがとう!」

黙ってしまった名前に少しの不安から尋ねれば、向けられた表情はあの時と同じでそれ以上にきらきらとしていた 。

「フッ、どういたしまして」
「すっごく嬉しいっ、…でも、いいの?」
「いいもなにも…ったく、もうそれやめろォ」

ここまできてもまだ遠慮を見せる名前の額を小突く。そうしてもう一度その手を取ると、チェックインするため敷居を跨いだ。


歴史を感じさせる造りの中にモダンなアイテムが混ざる客室に入れば、名前はその場で仕切りに首を回してぱちぱちと瞬きを繰り返す。その姿に、やはり連れてきてよかったと安堵した。

「時間も時間だから今夜の夕飯はパスになっちまったんだが、近くにいい店があるってよォ」
「ううん、十分だよ!すごい…まさか来られるなんて…」
「喜んでもらえたなら俺も嬉しい」
「うん…実弥くんありがとう!」

そう言って突如抱きついてきた名前に驚きつつもしっかりと抱き止めれば、ぎゅうぎゅうと回る腕が可愛らしい。到着早々ジャケットも脱がず、部屋の真ん中で抱き合う姿は些か滑稽かもしれないが、俺たちは暫くの間そうしていた。


界隈であれば浴衣で移動してもいいとのことで、せっかくならと袖を通した。それから受付で場所を聞いた店に入れば店内には俺たちと同じ浴衣の客も多くいて、名前を見ればやはりよく似合うその姿にもう一度、来てよかったと小さくごちる。

地元の食材で賑わうテーブルを存分に味わって、雰囲気も相俟って酒がすすむ。いつもは控えめな名前もがいつもより多く口を付けていたグラスは珍しくも日本酒だ。

「これおいしいよ、実弥くんも呑んでみて!」
「ン、そうだなァ。買って帰るか?」
「うん、そうしよう!」

取り扱っている酒類ももれなく地元のものらしく、土産屋にあると言っていたことを思い出しそう言えば、薄ら色付いた頬で名前はにっこりと笑った。


いつも笑顔の名前だけれど、今日のこの表情はいつも以上に愛らしく、心の底から満喫している喜びが見てとれる。それが嬉しくあると同時に、やはり俺は甘え過ぎていたなと言い知れない気持ちが襲った。いつだって暖かい名前に支えられていると改めて思う。そうして俺に、あれもこれもと顔を綻ばせて勧める名前を見れば、やはりずっとその顔をいちばん近くで見ていたいと思った。


腹も膨れて、酔い覚ましに周辺をひと回りしてから部屋に戻れば、食後だからと嫌がる名前と、一緒じゃないと入らないと言う俺の攻防はあったものの、2人で備え付けの露天に向かう。静かな雰囲気の中そろそろと湯船に浸かれば、同時にほうっと息を吐いた。

「すごいよ、フルコースだよ〜」
「ハッ、明日の夕飯まで食わねェと足りねェだろォ」
「そうかもしれないけれど、でも、ほんっとうに、嬉しい。とっても贅沢しちゃってる」
「たまにはいいじゃねェか。それに、最近こういうのできてなかったろォ?」
「うん、そうだね。ありがとう実弥くん」

感謝するのは俺の方なのに、名前は何度もありがとうと言う。食後だろうと変わらぬウエストに後ろから腕を回し、その左肩口に顎を乗せると、首に滴った雫が冷たかったのか名前はぴくんと身を弾ませた。

「実弥くん」
「うん?」
「わたし今とっても幸せ」
「俺もだなァ」
「明後日からもまたがんばれちゃうなあ」

そう言って名前は突然両腕を上げて、頭上に広がる星空を抱きしめるように高く伸ばした。ばしゃばしゃと音を立てて靡く湯が浴槽の淵から溢れていく。

「名前?」
「………」

その格好こそ、時折り突拍子もないことをしはじめる名前らしいのだけど、見上げた右斜め上、夜空を映す瞳は濡れていた。

「名前、」
「えへへ、なんか、感動しちゃった」
「へ?」

冷えた腕を湯に戻して俺を振り返ると、名前はその近い距離で柔らかく微笑む。

「ありがとう実弥くん」
「…お、う」

添えられた唇を静かに受ければ、俺の頬にも雫が落ちた。


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薄い唇に近づけば、長い睫毛を揺らして目を閉じた実弥くん。見られなくてよかったと思ったのも束の間、閉じた瞼の端から涙が溢れてしまった。なんでもないというふうに離れてもう一度夜空を煽げば、頬を撫でた風がその筋を冷やす。いつもと違う雰囲気にのまれたわたしの要らぬ思考も一緒に冷やして欲しいと思った。


「名前」
「ん…なあに?」

暫くして、静寂の中響いた実弥くんの声。変わらぬ声色のはずなのに女の勘とやらが働いて、その後に続く言葉がわかってしまう。

「隔週のデートだけどよォ、」
「…うん」
「やめにすっかァ」
「………」

やっぱり予想は当たっていた。けれど、本当はわたしの方から切り出そうと思っていたのだ。日毎多忙を極める実弥くんを思えば前々からもっと強くそう言うべきだった。駐車場で妙に胸が騒ついたのは、こういう話になる予感が働いていたからだ。反面、そういう意味では実弥くんも同じことを考えていたのであるからして、わたしたちはやっぱり通じ合っていて、5年の月日は伊達じゃない。

「…そうだね。隔週とはいえ決まっていると都合がつかない時もあるもんね…」
「うん?アァ…そうだなァ」

答えれば、わたしの腹部に回る実弥くんの腕はゆっくりと離れて、わたしの両手を甲から包んだ。

「名前、」
「ん?」
「いつもありがとうなァ」

引き込まれるように広い胸板に背中を預ければ直に感じる規則正しい力強い鼓動は、ざわざわと煩いわたしの胸音をまるごと落ち着かせてくれるようだ。

「そんな…こちらこそだよ。わたしはいつも実弥くんに支えられてるよ」
「ンなの俺の方だわァ。仕事を理由に遅刻ばっかりしてンのに、名前は笑って迎えてくれるもンだから。俺はそれに甘えてた」
「がんばってる実弥くんはカッコいいよ。それに、どんなに忙しくても会ってくれた。それだけで嬉しかったよ」
「そりゃァ、俺だって同じだァ」

ぎゅうっと握られる大きな手から伝わる熱は、絶えず入れ替わる熱い湯よりも心地よく感じた。


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名前が泣いている理由も、先ほどから微妙にズレている返答も、全部わかっていた。けれど強がりな名前はそんな自分の気持ちにさえ気づいていないのだろう。包んだ手を、その指を絡めて握れば微かに震えている気がした。

「随分と待たせちまったよなァ」
「それは、本当に気にしてないよ」
「そうじゃねェよ」
「え?」
「デートもだけど、この5年な」
「う、うん?」
「もっと早くにそうできたンだけどよォ、色々と仕事の都合もあって先延ばしになっちまった」

話が読めない名前が困惑していることは、顔を見なくてもわかる。

「なァ、名前」
「ん?」
「一緒に住もうやァ」
「へっ…」
「返事は今すぐじゃなくていい。それで、今度は俺がいくらだって待つからよォ。俺と一緒になってくれやァ」
「っ…」

暫く浸かっているせいで柔らかくなった名前の指を撫でれば、震える声で俺を呼ぶ。

「実弥くん…」
「うん?」
「…返事、」
「うん」
「ま、待たなくたっていいよ…」
「ハッ、そうかィ」

この薬湯の効能か、はたまた抜け切らぬ酒の後の長湯のせいか、角に置かれた丹色の提灯と同じく耳まで染まった名前を、俺は思い切り抱きしめた。



そうして、存外のぼせてはいなかったもののあっという間に寝落ちた名前を恨めしく思いながら、翌朝、先に目が覚めた俺は、幸せそうな笑みを浮かべるその唇を奪って起こしてやったのだ。




仕事終わりに続けた隔週の逢瀬は、5年の歳月を経て、俺たちの新たな日常になる。





2021.04.12


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