04

「…へぇ、そりゃまあ、ド派手にやったなあ」
「わたしが、どうかしてたんです…」

宇髄先生は時折最低限の相槌を打ちながら、わたしが語る先刻の出来事を静かに聞いてくれた。廊下を走っていた頃よりは気持ちもだいぶ冷静になっていて、勢い余って、と言うにしては自身の行動はあまりにも褒められたものではないと思えたていた。

「でも、お前が冨岡を好いているってのは驚いたぜ」
「…っや、その、でも、これがそういう気持ちかどうかはっきりしてないというか…ただ冨岡先生は、いつも、よく気にかけてくれていて…」

情けないのだけれど、自分が冨岡先生に抱く気持ちがはっきりと恋心かと聞かれたら二つ返事ができるほど自信がなかった。現に気にかけてくれるのは今目の前にいる宇髄先生ももちろんであるし、それこそ不死川先生だってそうだった。例外なくこの学園の先生方はみんな優しくて頼りになる。そんな中でどうして冨岡先生なのか?と尋ねられたら、なんて答えるのが正解なんだろう。優しいから、頼りになるから、気にかけてくれるから。はじめこそ表情乏しい先生だと思っていたが、毎朝指導のために立っている校門で、名前を呼んで、声を掛けてくれていたのは事実だ。「苗字おはよう、今日も元気か」と。さらには廊下ですれ違えば、同じように声を掛けられ、たまの用事で話をすれば、好きな食べ物や、行きつけのお店など、他愛もない話もしてくれた。でもそんなことで人は恋に落ちるのだろうか。

そうして少し考えてみるとそんなのはやっぱり諸先生方全員に当て嵌まることで、教師という立場なら当然の言動だったのかもしれないとさえ思えてしまう。

けれどだからこそ今自分が抱いているこの気持ちを言葉にしてしまえばわかるかもしれないなんて思っていたのもまた事実だ。わたしは齢にしてはそういった類に疎く、経験がない。なさすぎる。あまり言いたくはないけれど、告白される数と恋愛の偏差値は必ずしも比例しないのだ。だからきっとこの気持ちがそうなんだろうと、そう思い込んだのかもしれない。

あれだけ大層なことをしておいて支離滅裂だと自分でも思う。不死川先生が、わたしにあんなことをしたのは、もしかしたらわたしが抱いているこの気持ち自体が名前をつけるまでもなく間違っていることを諭すためだったのか。否、もしそうだとしても、やっぱりあんなこと、あんなふうには、されたくなかったのだけれど。

言葉が続かなくなって、俯いていると旋毛に視線を感じる。

「なあ苗字」
「…なんでしょうか」

呼びかけられたので目線を上げると、涼やかな顔をした宇髄先生と目が合う。

「冨岡に告白すんのか?」
「えっ」
「確かにな、卒業しちまえば生徒じゃねえんだし、あいつはまあ、お堅いやつだけど、軽んじて受け取るようなことはしねえと思うぞ」
「………」

正直言って、もう告白なんてそんなこと、しようなんて考えはとうに消えてしまっていた。一度抱いた感情に名前を付けたかったはずなのに、きっかけこそあったけれど、今はもうその感情自体に疑問を持ってしまっているのだから。なんとも言えず黙っていると、宇髄先生は言葉を続ける。

「冨岡が好きか?」
「え、あ、はい…」
「不死川は嫌いか?」
「っ、とそれは…」

冨岡先生のことを好きかと聞かれればそれはもちろん好きである。それがどういった類の感情なのかはっきりしなくても、それは本音だ。だけれど、不死川先生を嫌いかと聞かれればそれには返答に悩んでしまう。酷いことをされたのは事実だし、いっそ嫌いだと言う方が至極当然な気もするけれど、熱こそ消えたが右手にはまだあの感覚が残っている。答えが出せないのはそれ故の背徳感なのだろうか。

「…わかりません」
「そうか」

少し考えたけれどやっぱりわからなくて、正直にわからないと答えると、宇髄先生はどうしてか少しだけ嬉しそうに笑った。意図の読めないその表情に思わず首を傾げてしまう。

「いや、不死川の肩を持つ気はねえよ。同じ男として、教師として、ド派手に最悪だ」
「………」
「でもな、嫌いにはならないでやってほしい」

「言ってることが変だよな」なんて今度は苦笑いした宇髄先生が、悠に手を伸ばして、わたしの頭をぽんぽんと叩いて立ち上がった。そうして「冷めちまったな」とまだ僅かしか減っていないマグカップを取り上げ準備室に戻ろうと背を向ける。

「冨岡に対して抱いた感情が恋だったら、お前は不死川を嫌いだって言っただろうなあ」

途中宇髄先生が独り言のように小さく呟いたその言葉が頭の中でぐるぐると、何度も木霊した。
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