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「…っ、すみません…」
せっかくのハレの日の装いも顧みずハンカチで目頭を押さえるわたしは、この涙の理由が未だよくわからない。そうして顔を上げれば、蜜璃先輩はとても優しい、そして嬉しそうな顔でこちらを見ていた。
「名前ちゃん、」
「はい…」
「不死川先生のこと、好きなのね」
「えっ?」
突然の言葉に驚けば先ほどまで溢れていた涙は引っ込んで、吹いた春風がその跡を攫う。
「ううん、好きっていうのはちょっとまだかもしれないけれど、気になっているのよ」
「っ…そうなんでしょうか…」
「ええ。だって名前ちゃん、悲しい顔してる」
「え…?」
「本当に嫌なことであったらきっと、そんなふうに話せないわ。それに、」
「後悔しているんじゃない?」
微笑みながら呟かれたその言葉がすっと胸の中におりてきて、先程までちくちくと刺さっていた棘が解けた気がした。
そうだった。わたしはたしかにあの日掲げた右手を後悔していた。咄嗟の行動として、されたことを思ったとしてもするべきではなかったと思う。口より先に一方的に、感情任せの平手を打って、もう先生ではないのだからと逃げ出したのだ。もしや何か意図があったのかもしれないと考えることもしなかった。よくよく考えればやはり、不死川先生が脈力もなくあんなことをすることもおかしいと思えたはずなのに。生徒間で噂になっていた手荒い指導と言われれば、それもまた理由にはできたのだ。
そうすればやっぱり、心の中を埋めていたもやもやとした気持ちの正体には後悔という名が当て嵌まる。
「そ、うかもしまれません…」
「うん」
「っ、でも、今更どうやって謝ったらいいかも…」
「うーん、そうねえ…」
けれどわからぬ方法に再びもやが襲ってくる心内から俯きかければ、視界の端で蜜璃先輩は少しだけ考えた後、ぽんっと手を打った。
「大丈夫よ」
「?」
「想い合う2人は、必ずまた会えるわ!」
「へ…?は、はあ…」
もう一度顔を上げればきらきらと自信に満ちた表情を浮かべる蜜璃先輩に、その言葉運びには少し疑問が湧いたけれど、つい頷いてしまう。
「運命の人ってね、必ず巡り会えるものなのよ」
もう一度ぱちりと片目を閉じた蜜璃先輩の確信めいた一言につられて、何故かわたしも近く、不死川先生と会える予感がした。
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寮に戻ると蜜璃先輩からメッセージが届いていて、次は夕飯を一緒に食べようというお誘いだった。自炊は苦ではないし、一人暮らしというのも慣れてきつつあるけれど、やはり食事は誰かと一緒にとるほうが美味しいと思う。そうして今日のランチもすごく楽しかったし、お料理だっておいしかった。蜜璃先輩の食べっぷりも、みていて気持ちがいい。
もちろん行きますと返信をすれば、可愛らしいスタンプと共に、また日付を決めようと返事がきた。嬉しい約束ができたことに、その気持ちそのままにメッセージを送れば、自然と綻ぶ口角に気づく。やっぱり、蜜璃先輩に話して良かった。
漸く名前がついた感情は久しぶりに感じる穏やかな温かさに変わり、ぽかぽかと身体を染める。まだ陽は傾き始めたばかりだというのに、なんだか今日はよく眠れる気がした。