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それから毎朝の指導で苗字が俺たちに立ち止まっての挨拶一礼をするのも、またひとつの恒例になった。その度に喧しい我妻を一喝するまでが一連の流れであったが、2週間もすればその一喝を苗字が見届けるまでが挨拶となった。

「冨岡先生、おはようございます」
「苗字おはよう、今日も元気か?」
「はい、元気です」
「苗字さん、今日もとっても美しい…」
「ふふ、ありがとう。我妻くんも、毎朝ご苦労様」
「ひっ!はっ、ひゃイィ!!とんでもございませーーん!!」

朝からそんなに動ける体力があるならそれを他のことに使え、と、特大のジャンプを決めて歓喜する我妻を一喝して、下駄箱に向かう苗字を見送る。

こうして俺は毎朝苗字と挨拶を交わすようになったのだ。

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聞くところによると、今期で不死川が受け持つクラスの中に苗字は入っていないようだった。となると接点は限りなく少ないと考えられる。不死川のことだから、きっちりと体制を保っているだろうし、何よりも俺たち記憶がある元柱以外の教師陣が、万が一にでも漏れ出てしまったその関係に難色を示さないわけがない。やはり、教師と生徒という立場はそう簡単に超えられるものではないようだ。

毎朝挨拶を交わすうちに、ふと廊下ですれ違っても、苗字は俺に話しかけてくるようになった。俺はあまり口数が多い方ではないにも関わらず、見かけるたびに律儀に呼ばれる自身の名前に、不死川が惚れたのはこういうところなのかもなと思った。加えて、転校してきて間もなくの苗字のことを、俺も一教師として気にかけるようにしていた。

次第に俺の方からも、見かければ声を掛けるようになった。一言二言の他愛もない会話だが、前世でさえ知る由もなかった、今世の苗字のことを、色々と知るようになる。好きな食べ物のこと、行きつけのお店など、そんなことまで教えてくれた。

「冨岡先生は鮭大根がお好きなんですね!」
「ああ」
「わたしも食事は和食が好きだなあ。それから和菓子も。やっぱり日本人ですよねえ…」
「そうだな」
「そういえば駅前の…って、ああ、こんな時間、もう移動教室に行かなきゃ!」

「失礼します!」とぱたぱたと上靴を鳴らして駆けていく苗字は、最初の印象よりもずっと、年相応の女学生だった。見た目で損をするという言い方は些か適切ではないかもしれないが、それでも一見、あの端麗な容姿からは想像もつかないくらい、くるくると表情を変えて楽しそうに話す姿はたしかに可愛らしかった。こういうところも、不死川が惚れ込む理由なのかもしれない。

けれど反面、その姿を他でもない俺が見てしまっているということが、無念で堪らなかった。あの笑顔を向けられる相手は俺ではない。

俺はどうにかして、先程の苗字の表情を不死川に見せてやりたいと思索に耽った。しかし如何せん都合がつかないどころか、そもそも2人の逢瀬を手伝うということが俺には難航すぎた。宇髄に相談しようかと思ったが、あまり事を大袈裟にして目立ってしまうとよくないだろうと断念した。けれど、大切な友人のため、俺も何か力になりたいという思いは捨てられない。せめて聞き得た彼女の話だけでも、どうにか不死川に伝えられないものだろうか。

そうして俺は今日も、昼時の校舎裏でひとり思索に耽るのだ。
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