09

「冨岡、お前に話がある」
「…不死川、俺もお前に用がある」

結局すぐには切り出せぬままあの日から3週間が経ち、学園は春休みに入っていた。けれど教師には休みなんてものはないも同然。皆出勤しており、各々新年度の準備で忙しない。

そんな中、俺が冨岡を呼び出したのは作業がひと段落した昼時だった。同時に返ってきた返答にまたも嫌な予感が当たったのかと思いながらも、グッと堪える。職員室で話せる内容ではないので、数学準備室に招き、陸に使ってもいないパイプ椅子を引っ張り出して互いに腰掛けた。

「で、お前の用ってのはなんだよ」
「いや、いい。不死川の話から聞こう」
「…わーったよ、単刀直入に聞く。苗字名前とは一体どういう関係だァ?」
「?」
「ッ…すっ恍けんなァ!別に、あー、怒らねェから、とりあえず聞かせろやァ…」
「関係…教師と、生徒…いや、元生徒だ」
「んーなこたァわかってんだよ」
「ならば何故聞くんだ?」
「ハッ?」
「…意味がわからない。俺と苗字は教師と元生徒だ」
「…なんもねえのか?」
「何があるというんだ」

冨岡はまたも僅かに怪訝そうに眉を歪めたが、その瞳は真っ直ぐで本当に心底訳がわからないという顔をしている。コイツは大抵言葉足らずだが、それ故に冗談を言うこともなければ嘘を吐くこともない。

「ハァ…なンだよ。俺の勘違いかァ?いや、でも、じゃあなんで…」

この様子だと告白すらされていないだろう。自身のあの言動が牽制に至ったかは分からないが、兎も角今回の件は彼女の一方的な片想いで終わったようだ。だけれどもやはりそうなると、何故冨岡に惹かれたのか、その疑問は残る。そこにはより密な接点でもない限り辻褄が合わない。

「…じゃあよ、お前と、苗字名前は仲が良いのか?」
「仲が良いとはどういうことだ」
「あー…そうだなァ、例えば指導だとかで2人きりで話す機会が多かったり、アイツがお前を慕ってきてたり…」

と言いながら、俺は一体何をしているんだと思った。冨岡相手に、まして自分の恋人でもない女について、どうしていたのかなんて。やはりこんなこと今更聞くもんじゃない。聞いたところで、もうどうしようもないのだから。

「いや、やっぱりなんでも「2人きりか…」
「ア?」
「…そうだな、話をすることはあった」
「ハッ?」
「校門では毎朝挨拶を交わしていたし、時折見かければ声を掛けたり、掛けられたりしたこともある」
「なッ…」

記憶を辿りつらつらと語る姿に蘇った嫉妬心から口角が引き攣る。

「冨岡テメェ…」
「でも全てお前のためだ」
「ハァ?」

拳を握り込んだのも束の間、今度は俺が訳がわからないという顔をする番だった。何故コイツが苗字と話すことが俺のためになるのか。いくらなんでも言葉足らずが過ぎる。やはり問い詰めようと思わず身を乗り出しかけたところ、冨岡は席を立った。

「すまない、少し待っていてくれ」

そう言い残し早々に扉を開けて出て行ってしまう。全く意味がわからない。

追いかけようと思ったが、待てと言うことは戻ってくるのだろう。それにこのままだと、また同じことをしてしまいそうである。ここは一先ず冷静にならなくては。

悶々とする気持ちを持て余し、床を打つ足が速くなる。見下ろした校庭の木々が吹く風にその葉を揺らしていた。
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