08

宇髄先生と別れた頃にはすっかり日も落ちていて、街灯が点き始めた道を1人歩く。これが最後の通学路で、自分が今日祝福の中心にいた卒業生であるとは到底思えないほど、気落ちしていた。話を聞いてもらったことで幾分か心は落ち着いたものの、言葉では言い表せられないもやもやが心の中を埋めている。

「ただいまぁ」
「おかえりなさい。先にお風呂温まってらっしゃい」
「うん、そうするね」

明るい声が出迎えてくれて、ホッとする。いつまでも落ち込んでいても、心配されてしまうだろう。促されるまま浴室に向かい、制服を脱ぐ。これももう最後なのか、と僅かに感傷に浸りながら脱衣を終え、もやもやごと流れ落ちればいいのにと、シャワーのコックを捻った。

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「改めて、卒業おめでとう」
「ありがとう。…叔父さん、叔母さん、今日まで本当にありがとうございました」

わたしの両親はわたしがまだ幼い頃、不慮の事故で亡くなっている。そうして母の妹である当時まだ新婚であった叔母さん夫婦に引き取られ、今日まで暮らしてきた。2人には子供がおらず、わたしのことを実の娘のように育ててくれた。そしてわたしもまた、2人のことを呼び方こそそうではあるが、実の両親のように慕っていた。

「離れていてもわたしたちは、あなたのことを娘のように思っているし、何かあったら必ず力になるから。1人ぽっちじゃないのよ」
「うん、ありがとう」

叔父さんの仕事の都合で、2人はわたしが高校を卒業したら海外に移住することが決まっていた。学園に編入したのも、それが関係している。その話を聞いた時は、わたしも進路なんてものはまだぼんやりとしか考えてなかったけれど、ここまで育ててくれた2人から、自立するいいきっかけではないかとも思った。もちろんそれを伝えた時はあまりいい顔はされなかったけど、反対されることもなかった。2人にはとても、とても感謝している。だけど2人には本当なら当時夫婦2人きりで過ごす時間があったのだ。今更ではあるけれど新天地で、過ごせなかった新婚生活を送って欲しいと思っていた。

「お金の面は、もちろんあなたが受け取るべきものは全てそのままにしてあるけれど、それでももし何かあったら、必ず、必ず連絡してちょうだいね」
「そうだ、遠慮することなんてないんだぞ。俺たちは家族なんだから」
「2人とも…本当にありがとう。連絡するよ、手紙もいっぱい書く。それでもし、わたしがいつか行ける日が来たら、その時は案内してね」

テーブルの上に並べられた卒業を祝うご馳走。3人で食卓を囲むのもまた今日が最後だった。明日の夕方叔父さんは一足先に発ち、明明後日には叔母さんもそれに続く。そしてその日にはこの家を空け、わたしは大学が有する寮で暮らすことになっていた。事情を理解してくれた大学側が、先の入寮を許可してくれたので、ベッドと最低限の荷物以外はもう既に運んである。

「さ、ケーキもあるのよ!たくさん食べてね」
「よーし、今日は食べまくるぞー!」

ちょっぴり寂しい気持ちを吹き飛ばすように、真っ白なクリームを口に運んだ。

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その夜、わたしは妙な夢を見た。

薄らに夕陽が差す部屋で、文机の前に正座する着物の女性。反射の具合でよく見えないが、その雰囲気からして恐らく歳頃はわたしと変わらない。

手には淡い藤色の風呂敷が握られていて、文机の上には手紙だろうか、白い紙が束ねられている。

女性はその束を手に取ると、持っていた風呂敷で包み再び文机に置いた。そうして徐に立ち上がり、部屋の隅に纏めてあった荷物を手に持つと、襖を開けて出て行ってしまう。

結局最後まで顔は見えなかった。

けれどそれは、おおよそ目元まで覆われた濡羽色の御高祖頭巾のせいだった。
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