昔の自分を覚えているかと言われたら、覚えていない、だいたい覚えているほうが極稀だろう。知らず知らずのうちに自分は’前世’と呼ばれた世界と同じ道を辿ってきたらしい。
こういうのを輪廻というのだろう。僕がそれに気づいたのは彼女が会社の方に連れられてポアロに来た時だった。
正直自己嫌悪には陥りました。知っていれば松田たちも…なんて事を考える事は当然ながらあって、でもそれは彼女はまったく悪く無い、もっと早く出会っていればなんて思ったって起こってしまった事は無には返せない
それに思い出したと言っても彼女がなまえである事と彼女に対する自分の感情。それから過去あった事がもっと昔にもあったというような、そんな曖昧なもの。ただ彼女を見た時に感じたのは気のせいでもなく、目の前で発する彼女の謎めいた言葉たちは「あぁ、そうだ」って自分を納得させるには充分だったし、若干の疑いをかけていたこの目の前の彼、コナンくんは信用していい人物だというのもすんなりと胸に落ちた
それから自分のこれが確信に変わったのはコナンくんだ。席につこうとした彼女を見た時にコナンくんは目を丸くさせ、考え込むように少しだけ俯いてから唇が「なまえさん?」と動いた。
席についた彼女はいつか初めて会った時のような感じに加えて、今日は梓さんはいない日なのか、なんてことも聞いてきた。最終的に帰るころには顔を真っ青にしていたが
さて、とっくに飲み物を飲み終わってもここにコナンくんがいるという事は、きっと彼も僕に聞きたい事があるんだろう。お客様がコナンくんだけになると、コナンくんはやっと口を開いた
「安室さん、さ…さっきのお姉さんみたことある?」
「うん、あるよ。一緒に来ていた方に呼ばれていた名前から自分が知っている人物と一致するしね」
「そ、っか…安室さんがそういうならどこかで会ったのかな」
「いいえ?」
「え?」
「やだなコナンくん、会っていたらその場で声をかけるよ」
「わー、僕そんな感じの安室さんすごく覚えがある…。でも、いったいどこで…それに」
「それに?」
「安室さんを信じていい、っていう気がするんだけど」
コナンくんの言葉にきょとん、としてしまったがすぐに表情を緩めてうなづいた。それは僕も同じだ、という意味で。ただ色々と、バーボンとしても支障が出るので態度など色々なところで口止めしようと思ったが彼もわかっているようで「安室さんの邪魔はしないよ。その代わり、助けてほしい時は助けてくれる?」と言葉を続けられたので笑った
「君には敵わないな」
これから先どうなるかもわからなければ、今自分が所属している組織の黒幕なんてものも覚えているけど思い出せない、なんていう類では無く単にわからないという気持ち。頭に靄がかかっている感じもなく、すっきりしない事も無い事は救いだったか。
少なからず自分が辿ってきた道とほとんど同じ道を歩いているような気はしたが、それでも違う事も沢山あっただろう。
彼女に一度会ってしまえば心がおかしい、ふとした瞬間に思い出すとジワジワするというか、心がふわっとするというか…とりあえず自分が自分じゃないみたいで気持ちは悪い
連絡先を聞いておけばよかったとか、次はいつポアロに来るんだろうとか…まあそもそもでこの気持ちをこれって言い現わす言葉はわかってはいるんですけど、そんな昔の自分なのかわからない感情に左右されたくは無かった
彼女が来てから数か月経った頃、お店の前に立っている彼女を見つけた。腰に手をあててなぜか偉そうに見えるその姿、数分経っても入ってこない。お店の中でグラスを洗いながらも彼女を見れば自然と表情が緩んだ。
さて…。水のついた手を拭いてからコナンくんに連絡をしてみたらコナンくんはちょうどいたらしく、すぐに彼女を連れてきてくれた
僕は運命なのか輪廻か、そういう類のものに騙されたりしませんよ
「こんにちはー、安室さん」
「いらっしゃいませ」
困った様子のなまえさん、彼女を見た瞬間にストンと心の中に好きが落ち着いた気がした。自分のただ情報のために話をしようという気持ち、いや、決意とは裏腹に心の奥底に入れたはずの聞きたい事が表に出てくる
不審そうな表情でこっちを見る彼女もたいへん可愛らしいと思ってしまいます
閉店間際に来てくれれば送り届けも出来るのに、そう一瞬でも思えば口からそれがそのまま出ていく。こんな事初めてで自分でもどういう事かわからない、が…コナンくんに対してもそんなふうにはならないところを見ると彼女にだけなんだろう。
顔を赤くしたり青くしたりする彼女が自分自身を傷つけるのを見ると、今度は怒りさえ沸いた。自分が自分じゃないようで気持ちが悪い。なのに本当に何をしているんだ、と彼女を怒りたくなった
自分のこの定められたように出てくる感情に逆らいたい。過去は過去だ、と。
なのに目の前で困って、若干おびえている彼女を見ると…加虐心が疼くというかなんというか、そんな趣味は無いはずなのにおかしいんですよね、本当
彼女を見送った後、掃除をしようかと外用のほうきを持って外に出ようと扉へ向かっている途中にブレーキの音、悲鳴や怒鳴るような叫び声のようなものが聞こえてお店から出た。自分たちの店から少し行った先にある横断歩道、そこは歩道側に人がいたとしてもこっちからはよく見えていた。車は、と思えば血のついた車はこっちから見ると無人、道路に飛び出て駆け寄って行けばコナンくんも気づいたみたいで後からきた。警察にはそこで信号を待っていた人が連絡、救急車も同様、コナンくんと自分でその場にいたひとたち全員動かないように伝える。とくに運転席の人がいなくなった事が問題だ、それから自分の問題はこっち
「大丈夫ですか?お姉さん!」
「怪我してないの?ねぇ?」
最前列にいたなまえさん。目を見開いて服に血がついた状態でカタカタと震えている。話しかけられても何もしゃべらないまま、自分が急いで寄って行ったタイミングで意識を失ってくれたので体はちゃんと倒れる前に支えられた。他の人たちも動けなくなったり、嘔吐していたりして現場は散々な事になっていたが、これはさすがに無理は無い。誰がどう見ても即死だと言えるし、まるで鋭利な刃物で切ったかのように体がバラバラだ。それに車に引かれたのに彼女がいた歩行者の人たちのほうに血が飛んで行ったのもおかしな点で、その意味はすぐにわかった。
事故では無く殺人、それと車はたまたま切断されたタイミングでその人にぶつかった、運転していた人は近くで真っ青になっていたのを発見し、一応事情を訊くために一度警察の署には行っていた。それから誰かを狙ったわけではなく、誰でもよかったと犯人は言っていたらしい
なまえさんは、殺害された人の隣にいたという。それなら彼女の場合もあったわけだ
「すみませんでした、蘭さん」
「あ、いえ、いいんです。でも大変だったんですね…安室さんもコナンくんも」
蘭さんに彼女の事をお願いすると、蘭さんは彼女を着替えさせてくれていた。意識の無い人間の着替えは大変だと思うが彼女はどうやらやれたらしい。自分とコナンくんも乾いた血ではないものを触ったため服にもところどころ血がついている。コナンくんは今シャワーから戻ってきたらしい。自分はマスターに事情を説明してあとの事をお願いして、自分は色々終わった後に毛利さんの探偵事務所のさらに上、自宅へとお邪魔した。
なまえさんはというとまだ眠っているような状態で、コナンくんと少し話をした後に彼女を連れて行こうとした。まだ目が覚めていないにしろ、ご飯の支度をしていた蘭さんの手を煩わせるわけにはいかない。蘭さんは泊っていっても大丈夫だと言ってくれたが、二人とも顔を合わせたわけじゃないのにそれはお互いにとって気を使うだろう
それに色々確かめたい事もある。彼女と友人さんのお話からこのあたりに住んでいないことはわかっているし、最近オープンしたクロワッサンのお店がある場所は限られる
コナンくんが蘭さんにポアロのお客さんなんだと言ってくれたおかげで一応蘭さんには怪しまれずにつれてこられた。車の中に乗せて自分も乗り込む。シートベルトを、運転席側から身を乗り出してつけたところで「え」という声が聞こえて、シートベルトをつけてからそっちを見た
「だいぶぐっすりでしたね?」
「あむおっ…安室さんっ…!?え、なんっ!?」
さて、脱走される前に行きましょうか。そう思って車を動かし始めれば、バタバタと動いて自分の服を見たり、自分の顔を軽く叩いたり色々していた彼女は最後には自分の下の服の膝の当たりをぎゅっと握った
「私…どこかに連れていかれるんですか?」
「……まさか」
自分に対して怖がっているのか定かでは無いが、震えた声で問いかけてきた彼女に少しだけ間を開けてから返事をして、送るつもりだと伝えた。それでもほっとしたように感じない彼女を横目で見て車を進める
「大丈夫ですか?」
「え?」
「怖い思いしたでしょう?」
「ああ、いえ…はい…。あの、服」
どっちでしょう。
服が着替えさせられている事についてだろう、問いかけられたので蘭さんの事を伝えておいたら納得していたらしい。蘭さんやコナンくんの様子を見るに、会った事は無さそうだがコナンくんと僕を知っていた様子からしても、何かあるんだろう。もしかしたら以前の自分ならその理由を知っているのかもしれないが、自分にはわからない。そもそもでこの怪しい女性をなぜ好きだと感じたのかわからない。特に何かあるでもなく、ただ隣に座って固まっている。多分家の近く付近に来ただろう、ずっと話しをしなかった彼女に家はどこか尋ねたらまた驚いた声を出された
「本当に送ってくれるんですか!?」
「だからさっきもそう言ったでしょう?どうして疑うんです?」
「私が怪しいからですよ!あ、家はそこのアパートなのでここで大丈夫です。ありがとうございました」
さらっと自分が怪しいと言って流れるように車から降りようとする彼女。路肩に一度停めてしまったのが間違いだったか、そそくさとシートベルトを外した。
シートベルトを外した彼女を止める言葉は無い。結局何も確かめられないまま彼女と離れる事になった。これを逃すと多分またしばらく会えないんだろう、それだと自分の気持ちに決着がつかない
「連絡先を教えてくれませんか?」
「……怪しい人に連絡先を聞かないほうがいいですよ。お互いに」
降りた彼女がやさしい笑顔でパタンと扉を閉じた。
なんですかあの余裕そうな顔。こっちは色々と気が気じゃないっていうのに
でもいいです、コナンくんが携帯を拾っていましたし、それは僕が預かった
それに存在を忘れたのか、彼女が着ていた服も僕が持っています
早ければ明日、遅くても明後日くらいにはもう一度ポアロに来るでしょうね
なんかあの笑顔見てると可愛いと思ってしまって腹立ちますし、彼女が僕にツーンとしているのも気に入らない。お互いに怪しい人上等ですよ