彼女の診察券は確認した、彼女が行っている産婦人科のほうへ行くと、すぐに点滴になった。彼女は熱のせいで何度もうとうとしていたが、何度も吐きにトイレに行っていた
それもしばらくしたら落ち着いたようで寝て起きてを繰り返し。熱の薬も貰って飲んで、もう下がっていた
二個目の点滴が終わる頃には大丈夫そうで、寝る事もなく起き上がっていた
「色々聞きたい事があるんですけど…とりあえずなんで言ってくれないんですか?」
「直接言いたかったんですけど、妊娠のせいか眠くてだるくて…それに、ちょっと怖かったです」
「何がですか?」
「喜んでくれるか…とか…」
「僕がなまえさんの子供を愛さないと思いますか?あなたが元気だったら仕事場の中なまえさんを抱えて走り回っていたところですよ」
「それはやめてください」
彼女が眉を下げて笑う。あの男の子が言っていた時の彼女は、もうすでに死んでいたという。今目の前で動いている彼女が?彼女を抱きしめると「嬉しいですよ、ありがとうございます。でも辛い時はちゃんと言ってください。」と言えば素直に謝ってきた
まだいつも通りのお腹の彼女、そこに赤ちゃんがいると思ったら不思議で仕方ない
お腹を撫でると彼女が「まだ何もなってないですよ」と笑っていた。それよりも吐いていたせいか、むしろへっこんでいるような気がする
「さっき、なまえさん男の子に会ったようですが覚えていますか?」
「はい」
「あの子に話を聞きました。前世であなたが死んだと」
「あの子も死んじゃったんですか?」
「元々20歳くらいまでしか生きられなかったのをあなたに助けられたから頑張って25歳まで生きたそうです。お守りとしてあなたが大事にしていたブレスレットをもらったそうですよ、AMUROとかかれたブレスレットを」
彼女が目を伏せて困ったように笑った
「元々…安室さんたちは違う世界の人達で、私はそれをずっと見ていました。ここでいうアニメの世界…ごめんなさい、ここで生きているのに、私たちにとっては描かれた世界だったんだよ…なんて言えなかったし、私が言いたくなかった…その安室さんを見てて好きになったのは事実だけど、それ以上に今目の前にいる安室さんが好きなのに…信じてもらえるかわからなくて、怖くて。でも全部しってるわけじゃなかったんですよ、だって私は本当はここにいない人だから…安室さんの命が危ない時だけは何もしないようにしていただけで…観覧車までしか知らないんです」
「男の子が、ブレスレット以外のものは全て無くなったと言っていましたよ。そのマンガも、全部」
「私が来たからですね、きっと…」
「別に、何も思いませんよ。ただ誰かが僕達のことを観察していて、それを描いただけの話しですよね?僕がここで生きてる事は、なまえさんが一番よく知ってるはずですし?」
というかこんな話し、なまえじゃなければ信じなかったと思う。最初から思っていた彼女の違和感、それの正体がわかった所でもうモヤモヤも何も無い。誰かに描かれたというのは少しなんとも言えないやるせなさというか、腹立つ気もするが、それでも自分が生きてることは自分が一番よく知っている。彼女が瞳にいっぱい涙を溜めると、瞬きをすれば頬に涙が伝った
「安室さんが好きでした。でも恋をしたのは目の前にいる安室さんです…信じてください…」
「疑ってないですよ?むしろ、恋をしたって言われて嬉しいですね」
こうやって疑われるのが怖くて、自分たちが描かれているものだと聞いて良い気がしないだろうと…そう考えていて黙っていたんだと理解したし、はなから彼女からの自分への心を疑う気なんて万に一つも無い。それなのに彼女が泣くから力いっぱい抱きしめたくなる。彼女の頬を伝う涙を拭うとまた伝わってきた
「男の子がありがとうって言ってましたよ。その…前世ではえらかったかもしれませんけど、こっちでは出来ればやめてくださいね…?一人にしないでください」
「っ……しないよ、安室さんより長生きしますよ」
彼女が最後の最後に本当に嗚咽をもらして泣き始めた。点滴が終わって帰りの車で最後に大号泣した理由を聞いてみたら、また瞳を潤ませていた
「だって…れ、れーさんが…一人にしないでって言うから…!切なくなった…私なら、たえらんな…っ。ふえー…!!」
こっちが泣きたくなる。泣いたりなんかしていなかった、泣きたくても泣けなかった
いつだって彼女が自分のかわりに泣くから、こっちのほうが切なくなるだろ…。「松田たちですか…?」全部を知らないとは言うが、この様子だと知っていそうだったので問いかけた。彼女が頷く
家について彼女と手を繋いで歩いた。彼女は自分の腕で涙を拭って力強く歩いていた
本来一緒に家の出入りは禁止、もう何度もしているけど。
「ところで今日はどうして外に?」
「朝から熱あって、仕事はお休みしたんです。30分おきに吐いちゃって…病院に行こうと」
「連絡してくれれば迎えに行きました!だいたい…そういう話しならいつだってなまえの所に帰ってきたよ」
「言ったかどうかはわかりませんが」
たしかに。さっき怖いと言っていたし
部屋の中に入ってすぐにソファーに連れていけばお腹の子の事を聞くつもりで
隣に並んだらすっと隙間を開けられた。いつまで続けるんだと彼女をみたら、悪戯っぽく笑われた
「予定日は?」
「1月2日ですよ」
「今どのくらいの大きさ?」
「えっと、5mmだったかな…この間心臓の音が聞こえたから母子手帳もらいにいったんです」
「5mmってこのくらいですよ…?」
人差し指と親指の隙間で5mmをさすと彼女が「そうですね」と笑った。
それが子供って何。いや、今まで学校とかの授業でもそういったものは勉強していたし、知識が無いわけでもまったくない。ただそれが俺の子供って思うのと、目の前にお腹にそれが入ってる人物がいれば話しは別だ
「でも心臓あるんですよ。音も聞きましたし…しゅわっしゅわって音…もっと大きくなった時にパパも一緒に入ってる人いたので、エコーになって降谷さんが仕事お休みだったら一緒に病院来たらわかりますよ…何か降谷さん顔が…」
「あ、ごめん、全力で緩んでた」
彼女が一生懸命説明している中、何か途中から頬が緩んでいたらしく彼女が困ったように笑う。実感は湧かない、湧かないし自分の子供をどう扱ったらいいのかわからない。
ただ彼女が愛しいと感じるし、素直に彼女と自分の子が出来たのは嬉しく思う
でも…つわりで彼女を苦しめるのはどうかな〜…男だったらどうしてくれようか
「あ、悪い顔になった」
「しばらくは定時で帰ります。栄養つけてください」
「栄養は大丈夫ですよ…吐きつわりがひどいだけで…」
「だから、その赤ちゃんに栄養はいってもなまえにはいかないから今日こうなったんでしょう…。たまに無理な時は無理ですが、帰れる日はちゃんと戻ります」
「いえ、あの」
「生まれるまでのあと9ヶ月くらいの間しかなまえを独り占めできないんだから、俺がなまえといたいんですよ」
まだ遠慮しようとする彼女にため息混じりで本音を話すと彼女が眉を下げて笑った。それからまたお礼を言って泣き出す。妊娠中って情緒不安定って言いますしね
彼女を自分の膝の上に乗せるとぎゅっと抱きしめた。幸せになっていいんですかね…今でも充分幸せなのに、それよりもっと上って…まあでも最高の幸せは彼女とおばあちゃんおじいちゃんになって、彼女よりも先に死ぬ事ですね。どちらかといえば同時のほうが好ましいんだけど…なまえは長生きしそうだ
部屋着に着替えてくると言って立ち上がった彼女が数歩歩いて転びそうになった時は
心臓が口から飛び出ていきそうになった。俺の人生は彼女によって狂わされて、彼女によってきちんとした速度で時計が回って行く
「あーびっくりした」
何もかもを投げ出して…
「びっくりしたのはこっちですよ…」
仕事のために、任務のために
「もまれてもまれて、強い子が産まれてきますね。出来れば私に似ないで精神的に強い子がいいな…」
全てを投げ出す事はもう、無理そうだな。
END…?
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