その彼女が僕の視線に気づいて振り向いてきたと思ったら微笑んだから、それがあまりにも可愛くて頬にキスをした。彼女が慌てて前をむく、髪をあげていて温泉のせいで上気したような首筋に唇を寄せると「ひっ!」という声をあげて、逃げられた
「すみません、目の前にあったのでつい…」
「じゃあもう抱っこするの禁止です!」
「なまえさん…」
「はい…?」
「据え膳食わぬは男の恥…って言いますよ!?」
「据え膳してないですし、落ち着いて!安室さんに戻って!」
結局彼女が警戒して遠く離れてしまった。遠くとは言うが反対側の岩に寄りかかっている
自分は彼女を見ていて、彼女は景色を眺めていた。時折彼女と目が合って、彼女が照れたように視線を逸らす
「10秒目を合わせてください」
「え…?なぜ?」
「なんとなくです」
彼女がこっちを見てきたのでカウントダウンを始める。彼女が唇を震わせながらずっと目を合わせていて、カウントが終わると彼女が目を逸らして頬を手で覆った
「カウントダウンしてる安室さんの声が…すごく好きです」
小さな声で呟く彼女、聞こえたけどわざわざ彼女に歩み寄って「え?もう一度、なんて言いました?」なんて問いかけながら近寄ると、彼女は遠のく。やはり据え膳だろうと思ったが彼女が動きを止めて岩に頬をくっつけた
「安室さん出てください…逆上せました…」
「大丈夫ですか?運びますよ?」
「嫌だお願い。外で待ってて…」
「……10分で出てこなかったら見に来ますから」
彼女がうなづいたのを確認すると、先に浴衣を着て外で待っていた。8分ほどで彼女は出てきたが目を瞑っていて、壁に手をつけながら進んでいた。彼女の方に歩み寄ると腹部あたりを触ってきたと思えば寄りかかってきた
「なまえさん大丈夫ですか?」
「んー…」
休憩所に彼女を運んで寝かせ、水を買っているところで新一くんが来た
「新一くん、起きたんですか?」
「ええ。服部に寝相で蹴られて起きました…安室さんは温泉ですか?」
「そうですよ。彼女が逆上せたみたいで今そこの休憩所に寝転がらせてます」
下から購入した水をとると、新一くんも飲み物を買いに来たらしくお茶を買って一緒に来た。
彼女は暑そうに自分をパタパタと扇いでいたが、その動きが時折止まる、新一くんが「大丈夫ですか?」と問いかけてメニュー表で彼女を扇いだ
「なまえさん、お水飲んでください」
「んー…」
「こんな姿のあなた、以前見ましたね」
返事はするが飲もうとしないので、首の後ろに腕を回して自身の口に含んだ水を彼女の中に流し込んだ。嚥下したのを確認すると、もう一度…と何度か繰り返す。
「目のやり場に困るんですけど」
「人命救助だと思えば大丈夫ですよ」
「以前もこうなったんですか?」
「ええ、彼女と会ったばかりの頃ですよ…ふらふらしてる脱水症状を起こしてる彼女を見かけまして…。さすがにこれはしていませんが」
水を飲ませ続けていると、彼女が自発的にペットボトルを持ったので渡した。こくんこくんと喉をならして水を飲む彼女が可愛い
「そんな事があったんですか…」
「あの時は本当にごめんなさい」
彼女が口を開いて謝罪する。あの時は彼女を好きになるなんて思っていなかったので、嫌な人を見つけたな、なんて思っていた
それなのに今ではこうやって、自分の腕の中でぐったりしている彼女でさえ愛しいのだから驚く。彼女をもう一度寝かせると彼女がタオルで自分の額や首に滲む汗を拭ったと思えば、胸元まで拭くため手を掴んだ
「なまえさん自重してください。新一くんがいます」
「……いたのかー…」
「バーロー、ずっといただろ」
「あはは。浴衣が汗かいて気持ち悪いよー…お風呂入ったのに汗くさくなる…」
笑って話し始める彼女はもう大丈夫になってきたようで、水の入ったペットボトルを握って潰してあそび始めた。それでも起き上がりはしないが
「替えの浴衣もらって来てやるよ」
「…新一くんって、結構なまえさんに砕けた話し方しますよね」
「まあ…人前ではあまりやりませんけど。それじゃあ行ってきます」
新一くんが出ていったのを確認してから視線をなまえさんに戻すと、コロリと横になってから起き上がった。すかさず彼女が乱れた着物を直していたが、それさえも官能的に見えるのがわからないのだろうか
「ごめんなさい、迷惑かけて」
「それは別にいいですけど。新一くんと仲良しなお話を詳しく聞きたいですね」
「ん!?いや、だってコナンくんだよ!?」
「たとえコナンくんだとしても…彼は今高校生です。コナンくん相手にやきもちを妬いていた僕が、彼相手にやきもちを妬かないとでも?」
そう言うと彼女の顔がみるみるうちに赤くなっていった
「安室さんがやきもちー!」
そんな事を言っていたら新一くんが帰ってきたので浴衣を受け取り、動けるようになった彼女が脱衣所に向かったので、自販機の前のソファーで待っていた
「なまえさんにもう一度言わないんですか?」
「あぁ…言おうと思うと何かしら邪魔が入るんですよね…安室としては言いたくないですし。まあ…昼間言いそうになりましたけど。もうなんか彼女物理的にふらふらしすぎて首輪つけたくなるんですよね」
「絵的に危ないのでやめてあげてください」
彼と談笑していたらすっきりした顔をした彼女が戻ってきた。浴衣もきっちりと着ていて歩き方もしっかりしている
その清々しいほどの笑顔の「ただいま!」には正直腹が立ちました。
次の日も蘭さんと彼女による作戦は実行され続けたが、結局失敗に終わり東京に帰ることになった