短編 | ナノ
 君に手錠をかけた日

夏…とは言ってももう9月だけど、それでもまだ暑かったり…でも雨が降ったら暑かったりする曖昧な季節。その私の誕生日に私は駅の改札口の前にある丸い柱に寄りかかっていた。私の彼である萩原さんが遅れる事なんていつもの事、わりと最初のほうからだし待っている時間も楽しいと思えるから何も気にしない…
ただ不安になるのはちゃんと生きているのかという事くらいで。彼は危険と隣合わせの警察官、詳しい話しは聞いてないし、きっと聞いちゃいけないんだろうから聞いていないんだけど。待ち合わせ場所は午後14時…もう15時すぎるのに、とりあえず萩原さんは今日も遅れるみたい

待ち合わせ場所について1時間、何の連絡も無いしそろそろ足が疲れてきたからその場にしゃがんでいた

「ねぇねぇ、誰かと待ち合わせ?」

出たな王道ナンパマン。
説明しよう、ナンパマンとは絶対待ち合わせしている夢主が一人でしばらくいるとナンパしてくる男たちである。しかも複数犯なのだ!

何か変なテロップ流れていった気がするけどその人たちを見ることなく携帯を弄っていた。何を言っているかわからないけど、とりあえず目の前でごちゃごちゃなんか言っている人たちをちょっと見てみたら「さっきから一人だろ?」なんて言ってきた
なんか無視してても目立つから、と思って口を開いた瞬間だった
ふわっと私の鼻腔をくすぐる香りにそっちを見ようとした。それなのにそっちの人の行動のほうが早く、私の肩を抱いてきたと思ったら引き寄せられた

「俺の、彼女、です!!」





「ふふっ…」

「笑いすぎ…」

「だって、俺の、彼女、です!!ってあんなに大きな声で言わなくてもいいのに…」

笑いが止まらなくなって移動した先の更衣室では一人で端のほうで誤魔化すようにして着替え、やっと落ち着いたのに萩原さんの顔を見たらやっぱりさっきの事を思い出して笑ってしまった。ちょうど良い温度の波の出るプールの波に抗う事なく、私は浮き輪に入って浮き輪に腕を乗せて、その腕に頬を乗せるようにしていて。その私の腕の隣には萩原さんが同じような状態で向い合せになっていた

拗ねたように言う萩原さんは、さっき私のところに来てくれた時、いつも通りに汗いっぱいだった。遅れてきても、むしろ好きだって思うのは仕事に一生懸命な所もそうだし、遅れても言い訳しないところ、それに絶対全力で走ってくれている所…。ひねくれていれば本当は走ってきてなくて、直前に息を切らしたりしてるんだと言いたくなるんだけど、目撃情報はかなり多いし、松田くんから聞くのは仕事終わったら誰よりも早く帰る姿の話し…きつい訓練をした後でもなんでも、お前に会いに行く時はあいつは元気だ。なんて言われてしまう
まあでも、そんなひねくれた考えは持ってないけどね

萩原さんのさっきの必死な横顔とか、思い出すと嬉しくなって笑っちゃうのは許してほしいな…バカにしてるんじゃないよ、嬉しくて思わず顔がにやけちゃうの
そうやって口角をつり上げたままでいたら、萩原さんに頬をつつかれた。何人かそうしているカップルたち…私たちが来ている場所は子供は入館出来ない、大人が疲れを癒しに来るっていう場所だからわりとカップルの人たちは、言うならばイチャイチャしている状態。それなのにもかかわらず、水に濡れて前髪を横へと退かす彼を見て、彼女さんたちが顔を赤らめるのが…彼氏がかっこいいのが嬉しいと思えない。そりゃ嬉しいけど…でもこういう所!だからちょっとだけ女の子たちのほうを見て頬を膨らませると、もう一度萩原さんが頬をつついてきた

「なまえ、どうした?」

「ううん。なんでもない、ちょっと牽制」

「あはは。そんなに心配しなくても俺はなまえしか見てないよ?」

浮き輪の上で重ねられる手は、水に浸かっていたから少しは冷たくなってもいいはずなのに熱かった。そのまま会えていない日の話しをしていた。ウォータースライダーに乗ったり、流れるプールで二人そろって流されたり…萩原くんが流れるプールの流れが速いところで足を滑らせて流れて行った所では私はさすがに笑っちゃダメだと思って顔を突っ伏して…やっぱり笑った。そうやって二人で遊んだあとはその場所にある晴れている日だけに入れる夜景が綺麗に見える屋上へ行ってディナーになった

「楽しかったね!」

「うん。一日いれそうな所なのに夕方からでごめんね…」

「ううん?あれ…あの、でも、明日までいれるんだよ…ね?」

そう聞いていたから、そのつもりで準備してきたから、もしも無理だったらって思ったらさすがに少し落ち込んでもいいかな…なんて思ったら萩原さんが可笑しそうに笑った

「うん。泊まろうって言っただろ?」

「そっか…よかった。仕事入っちゃったかなって思って」

「もし仕事入ったら、そろそろなまえも泣いていいよ?」

「泣かないよ…」

コース料理が運ばれてくる間に、そんな話しをして待っていた。運ばれてきた料理はどれもおしゃれで美味しそうなものばかり、食べきれるか心配だったけど、少なめだったしタイミングよく運ばれてくる料理には驚いた。最後にデザートとワインが来ると、私のケーキには「ハッピーバースデー」と英語で書かれていた

「お誕生日おめでとう」

「ありがとう…っ…。何もしなくていいって言ったのに」

「だって萩原さんの時間をちょうだい〜なんて言われても俺が納得できるわけないでしょ?」

「え、納得してよ!誕生日に一緒にいられるのが本当に嬉しいのにっ…」

「だってそんなの頼まれなくても俺が一緒にいたい!」

そんな…胸をどーんっと叩かれて全力で言われても…それも清々しい表情で。嬉しいしか出てこないから笑った。ケーキを食べさせあったりしてお外のデートはそこそこにした。夜景は綺麗だし、なんとなく空気も気持ちよくてずっと見ていたいけどそうなったらお店の人が迷惑しちゃう。ご飯を食べて部屋に行って、少ししてから温泉にそれぞれ入ってからまた部屋に戻ってきた
部屋の窓際にあるテーブルと椅子、そこからも夜景が見えるからそこに向かい合わせに座っていた

「今日…遅刻して本当にごめんね」

「本当に気にしてないよ…?」

「いや、だって…今日こそは遅れないで行きたかった…」

「仕事は仕方ないってば」

「うーん…今日は、さ…仕事じゃなくて」

萩原さんが顔を夜景のほうに向けたかと思ったら、困ったような表情を浮かべた。仕事じゃない?あれ、でも仕事って聞いたんだけど、昨日からずっと仕事って…怪我!?あ、誰か危篤!?なんて色々と頭の中を駆け巡っていたんだけど、萩原さんが出したのは手触りが良さそうな袋で、その袋が欲しかったのにその中身をテーブルに出された
袋…その袋触らせて…。それは後回しにして

テーブルの上に出されたのは高級なチョコレートがきっと4粒ほど入ってそうな箱。それに私は笑みを浮かべた

「チョコレート?」

「そこで指輪って言わないところにびっくりする」

「指輪にしては…大きいよね」

「そだね。ここは警察官らしく、って思って…」

え、この中に手錠が入ってるの?なんて思った。綺麗にラッピングされた手錠か…。写真撮っておきたいな、なんていそいそと携帯を取り出していたら萩原さんに「期待したものじゃないから!」と言われたので仕方なく携帯をしまった

「開けて欲しい…かな」

「うん、ありがとう、あけまーす」

声をかけてからその箱をそっと取ってゆっくりと箱を開けてみた。二連のブレスレット…!真ん中にはハートが二つあって、そこからピンクゴールドの鎖が二つになってるやつ…すぐにつけていいか聞いたら「ダメ」って笑顔で言われた

「言ったでしょう、警察官らしくって…だからなまえにこれをつけたり取ったり出来るのは俺だけね…?手錠だから」

私の手にある箱の中からブレスレットを取って私の左手首につける萩原さん。これに思い切りときめた私がおかしいのかな…。そのブレスレットをつけた後に私の手首…というかブレスレットにキスをした彼が私のほうをジッと見つめてきた
色っぽい表情に欲のこもったような瞳に見つめられて、そのまま手首を優しく掴まれたと思ったら顔が近づいてきたので目を瞑った。重ねられた唇は熱を持っていて、そして柔らかかった。彼とキスをしたのはこれで初めてというわけじゃないけど、今日は妙にドキドキしていたし、一度離された唇がもう一度重なった。角度を変えて何度も啄むようなキスをされたかと思えばもう一度唇が離れた

「いい?」

「ん…」

何がいいのかは聞かなくてもわかる。短く私が返事をすると、萩原さんに抱えられてベッドへと連れていかれ、そして優しく下された。頬を大きな手で撫でられて、それから私がくすぐったくて目を瞑ると緩く、綺麗な笑みを浮かべた彼が私の額に額を当ててきた

「ね、そろそろ名前で呼んで?」

「…研二…くん?」

「うん」

額を離して、わざわざ私が名前を呼ぶ表情を見てきた彼が明るく、本当に嬉しそうに笑うから好きっていう気持ちがあふれそうになった。
その日は彼にたくさん愛されて、愛されすぎて動けなくなった私から少し離れたところでタバコを吸いながら彼が笑う。私の誕生日はただの24時間…もう終わっちゃったのに、研二くんは、彼は次の約束をしてくれた

「来年は今の年齢のなまえと、次の年齢のなまえと一緒にいたいな?もう約束してもいい?休みは…じんぺーちゃんが頑張るよ」

「あはは、うんっ…楽しみにしてる」

煙草を吸い終わった彼が笑った。

朝起きたら私の手首に彼の愛用している香水の匂いがついていたのはまた別のお話



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