短編 | ナノ
 そういうのお断りします!

寒い、寒すぎる。懐も寒いし頭も寒いし首も寒い。寝坊したせいで遅刻しそうになって、寒いってわかっているのに朝の日差しに騙された私はこれでいける!なんて思ってただのスーツ姿にコートを着るだけで飛び出した。さすがにスーツにニットの帽子はかぶっちゃいけない気がして、遅刻しそうだってなんだってかぶったりはしないけど、せめてマフラーだけでもつければよかった。首元から冬の冷たい風が私の服の中に侵入して、ほら寒いだろ?と言わんばかりに私の中身をもしゃもしゃしてくる

ええ、寒いですとも!
寒いし、早く家に帰ってコンビニで買っておいた辛いキムチチゲうどんみたいな名前のやつを食べながらビールを一本二本と開けて、閉めには甘いカルーアミルクを飲みたい。その前にまずは冷たいからだを温めるためのお風呂に入ろう。なんて一人の晩酌を考えつつも歩いていると、ひときわ目立つキラキラしたネオンに照らされて綺麗な髪をした人を見つけ、凝視しているのもどうかと思って視線は真っ直ぐ前に向けた。それでも私は前を、誰かの背中を見つめるよりも周りの綺麗なキラキラを見るほうが好きで、時折ふらふらしながらも上を見たり横を見たり…でも一応人にぶつかったりはしないし、気をつけているつもり。髪を色々な色に染めている人たちはよく見るけど、さっきの人はレモン色…レモンよりも濃いか…とりあえず、地毛なんだろうなってわかるくらいにはとっても綺麗な色をしていた。あとちらっとしか見てないけど、顔もよかった気がする。
今ちょっと見たその人はどこにいるのかわからないけど、でもなんとなくさっきの髪をもう一度見たくて姿を探すように人ごみに視線を移動した

刹那、ぱち、ときっとテロップが流れそうなくらい綺麗に重なった視線。見ていたのがバレたと思って慌てて視線を逸らしてなんでもないように歩く。見とれていたわけじゃない、わけじゃないけど相手からしたら何こっち見てんだよブス!みたいな。ああいうイケメンって性格悪いんだよ、見た目に騙されちゃダメだ。
そう思って数歩ほど歩いたのに、誰かに腕をつかまれて、それだけじゃなくてそのまま引っ張られたせいでそっちを振り向く事になった

「っ……」

息を呑んだのはさっきすれ違った金髪のイケメンが私の腕を掴んでいたから。見上げるくらいの高身長、私を見下ろすその青っぽく見える瞳。ネオンのせいだろうか
私のほうが戸惑いたいのに、困ったように瞳が揺れて、一度私から視線を逸らした
それをしたいのは私のほうでは?固まること数秒、相手が何も言わないので、私のほうが口を開いた

「あの、何か?」

「あ…いえ、あの…」

見てんじゃねぇよ、ブス!!ですか?それならわざわざ呼び止めないか、そういうのは、ほら、通りすがりに誰かとクスクス笑いながら言うんでしょ?わかってるんだからね!言われた事はないけど、言ってるの見た事あるし!あとはほら、会社だとトイレでメイクしながら悪口が…そんなのどうでもいいや、なぜか何かを言おうとしているのにどうしようも無いその人に手を引いて腕を離させた

「もしかして、バッグがぶつかりました?それなら、すみません」

「あ、違います。あの、この後暇ですか?」

「………」

あぁ、そういう?そういう事?目があった人をナンパして?それでどこかに連れ込んで?怖い人たちが出て来るんでしょ!男バージョンか、なんっていうんだっけ…美人局っていうんだっけ、なんか忘れたけど、私結構そういうの詳しいんだからね!
私が思い切り訝しそうな顔をしたせいだろう、目の前の彼が慌て始めた。と、思ったら深呼吸するように息を吐き出して、私のことを真っ直ぐに見つめて笑みを浮かべた

「一目ぼれ、って信じますか?」

「……信じません!!!!」

私がもう鬼の形相と言っていいほどに否定するのに、なぜか目の前の彼はふふっと楽しそうに笑った。多分これどこかでこの人の仲間が見張っているんだろう、もう無視して帰ってもいいかな、いや、でもついてこられたら家を知られてしまう。

「いえ、すみません、怪しいですよね…。僕は安室透っていいます」

そう言って彼は懐から探偵、安室透と書かれた名刺を取り出してきた。ご丁寧にどうも、って思いつつ自分の名刺も渡しそうになったけどそういう場ではない。とりあえず本当なのかどうかもわからないまま眉を寄せてそれを見て、それからしまった

「一応わかりました…その探偵の…探偵!?」

私が聞き返した時に声を大きくしてしまい、通行人の人がなんだなんだというように見てきたので口を結んでもう少しだけ端のほうに避けた。目の前の彼は何も驚かないで相変わらずにこにこと胡散臭い笑みを浮かべている

「あの、私何かしました?とくに怪しまれるような事もしていませんし、調べられるような事もしていないんですが…もしかして職場から?それともこの間お断りした上司の方とか…」

それなら私に声をかけてきたのは理解が出来る。大きな声を出さないように、自分を戒めるかのように唇には指先の腹を当てたまま問いかけた。上司は既婚者、既婚者なのに私に交際を申し込んできた人。そもそもで好きじゃないので丁重にお断りしましたけど、もしやそいつか?なんて思った矢先に眉を下げて困ったように笑った彼が首を振った

「何の依頼も受けていませんよ。怪しいかもしれませんが、僕自身があなたとお話がしたいと思いまして」

「怪しいですよ?」

「ですよね…。食事に誘ったらご迷惑ですか?」

「え、っと」

なんでこの人ここまで押して来るんだろう。私が困っていた時だった。「みょうじくん?」という聞きなれた声が聞こえて、三角形になるようにもう一人追加された

「何か困っているみたいだけど…平気かい?」

ここでこの問題の上司に助けてもらったとしよう、非常に面倒だ。
安室さんをちらっと見ると、目が合った瞬間に笑みを浮かべられた。これは出会った人はイチコロだ…でもどっちが無害かと思うとやっぱり安室さんかもしれない…

「困ってませんよ。久しぶりに知人に会ったので、今からご飯に行こうかっていうお話をしていたんです。それじゃあ、お疲れ様でした。安室さん、行きましょう」

「はい」

安室さんの隣に立ち、上司に背中を向けるようにして歩き出そうとすると、安室さんが頭を軽く下げたのが見えた。利用して悪いんだけど、と少し歩いてから帰ろうと思いつつも謝罪をする

「すみませんでした、口実に使ってしまって」

「いえ、嘘はついていませんしね。一応今知り合ったという事で知人ですし、食事にも誘っていましたし」

「それはそうかもしれませんが、お食事はお断りするつもりでしたし」

「おや?行くってさっき言いましたよね?」

「…言いました、言いましたけど…。おかしいですよね、街中で出会って急に食事」

「それじゃあ、ナンパだと思って」

「今度はついていく私がおかしい。だいたい、何か理由が無ければ誘うの、おかしいですよね?本当は探偵っていうのも嘘で、どこかで仲間が待機しているんでしょ?そうなんでしょ?私は騙されない…」

とりあえずお食事でもなんでもお断りしますし、ナンパならなおの事。とりあえず怪しいものには引っかからない。NOの姿勢を取ってみているのに、安室さんは今度はまるでしょぼん、とした犬のように笑顔から一変した

「そっ…いや、私はそんな、ちょろくないですよ!」

「自分でもよくわかりませんが、目が合った時には話したいって思って、さっき一度でもご飯に行くって言っていただけたときには嬉しく思ったり…一喜一憂しましたね。なぜでしょう?」

「…いや、そんなの私に聞かれても…」

「ですよね。それじゃあご飯に行きましょう?」

「え、いやいや!じゃあの意味がわかりませんよ!?」

「居酒屋で、奢り…ならどうでしょう?」

居酒屋、飲みたい。温かいお店の中で座っていれば店員さんが好きなものを運んできてくれるシステム。正直美味しい、しかも奢り。でも奢られた後にって考えるとやっぱり怖い。
まるで私の考えを読んでいるかのように、目の前の彼が可愛らしく笑った

「信じられませんか?うーん…でもどうしましょう。自分が怪しい人物では無いと証明するものがありませんね。居酒屋で帰りは店員さんにタクシーを呼んでもらって、あなただけ乗って帰る、というのはどうでしょう」

なんか、段々とあまりにも疑うのが申し訳なくなるくらい必死。一応口裏を合わせて?もらった事もあるし、ここまで言われて否定するのも…それにこの人引き下がる気がまったくなさそう。そこまで言ってくれるのなら、という事で彼が名前を知っている居酒屋を出してくれたので、そこなら店員さんもわりと知っているし自分も安心なのでそこへ向かった。

とは言っても何を話せばいいのだろうか。何も話す事無い、お酒とおつまみを注文して店員がいなくなると余計に話す事も無くなった。それなのに、愛想のいい目の前の彼は話すらしい

「お名前、聞いていませんでしたよね?」

「あ、私みょうじなまえって言います」

「なまえさん。可愛らしい名前ですね」

「はあ」

「おいくつですか?」

「…30歳です」

「……童顔って言われません?」

うるさいわ

「そっちは?」

「29です」

「さっきの言葉そっくりそのまま返すわ」

「年下はお嫌いですか?」

「…その質問はずくないですか?」

何を言っても楽しそうに笑っているこの人。しかも話の出し方や話しが続くようにするのもとても上手で、全然途切れることなく会話は続く。お酒と頼んだ焼き鳥をほおばっても、楽しそうに笑って、時折優しい笑顔を向けられていた

「最初、一目ぼれって言ったの覚えてますか?」

「はい。それが?」

「本当かもしれません。なんとなく心がふわふわします…付き合って、とは言わないのでまたこうして会っていただけませんか?」

きっと何かの罠なんだろうな、お酒の入ったグラスを口につけながら安室さんを見ていると、彼は少しだけ緊張しているような、笑顔が少しだけ違うような気がした
一目ぼれ、本当かもしれません。なるほど、喧嘩売られているかもしれません?なんだその曖昧なの…いや、曖昧だからこそ私も信じていいのかもしれないって思っているのかもしれないんだけど、とりあえずよくわからない

「怪しい、という気持ちは何も変わってないんですけど…」

「いいですよ、怪しいと思っていただいても。僕自身も怪しいとは思ってますし…でも、うん、好きだなって思いました」

お酒を噴出しそうになった。一目ぼれなんてものはされたことが無い、しかもしたことも無い。だからきっとビビッときたのだろうかと思っては見るもののまったく納得がいかない。また肉か、って思うけど豚の角煮を一口大に切ってから口に運んだ。返事は、なんともいえない。それでも急かした様子もなくすらっと切り替える彼は凄くて、また上手な会話に持っていかれる

「やっぱり、ナンパに慣れていらっしゃる。話術が凄い」

「僕、ポアロっていうところで働いています。毛利探偵事務所の下にある喫茶店です。よかったら今度遊びに来てください」

「顧客を増やす算段か…なるほど」

「少しは素直に僕のなまえさんと話したいっていう気持ちをもらってくださいよ」

「…でも、私もう少ししたら引っ越すんです」

「え?」

「だからいつになるのか。でも、いつか」

そういったときに、目の前の彼は少しだけ寂しそうに笑ってみせた

「わかりました…。楽しみにしていますね」

それでもすぐに笑ってくれた彼から視線をさげる。色々な会話をして、約束通りにタクシーを呼んでくれて、タクシー代もくれた

「私ここまでしてもらう理由が」

「連れだしたのは自分です。楽しかったので、ありがとうございました」

なんとなく譲ってくれない気がしたので、ありがたく受け取る事にした。家の場所も聞いてはこなかったし、本当に悪い人じゃないのかもしれない。タクシーに乗り込んでから手を振ると、一瞬驚いた顔をして、すぐに優しく笑みを浮かべられた





「なまえさん?」

「はい?」

数ヶ月後、ポアロの前でめがねの男に出会い、いろいろ話していると後ろから話しかけられたので振り向いた

「引越しは?」

「しましたけど?」

嘘はついていない。そう思った瞬間、はあ、と大きくため息を吐き出した彼が「そうですね」と困ったように笑ってきた
ここに来るまでの女子高生の噂で安室さんの話しは聞いていた。そんな人から好かれているのかもしれないって思うと紙袋で顔を隠したくなる。それでもこの嬉しそうな顔を見てしまうと、ちょっとだけ…実家の犬を思い出す
私は別に顔だけで惚れないけど、ここにはこのめがねの面白くて生意気な少年もいるしね!なんかたまに顔を出すのもいいかもしれない

「なまえさん」

「はい」

「コナンくんを離して下さい」

「ぬいぐるみみたいでちょうどよく腕にすっぽり」


私と安室さんのお話は…どこへ向かうやら。



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