朝仕事へ行く時にも、彼女はフラフラと起き上がってきてはすぐに簡単に食べられる小さなパンなどを口に含んだりしているものの、たまに吐いているようで、いってらっしゃいと言ってくれた後にトイレに行ったりしていた。
ご飯は食べられるものは食べているらしいが、一日中何も食べずに水分だけ取っている時は心配になった。妊娠3ヶ月頃に入ると、少しは落ち着いたようで、相変わらず偏ったものを好むところは変わってないがご飯も少しずつ食べていたし、今度こそ本当に下腹部が膨らんでいて、そこだけ違和感があるみたいにポコッとしているが、服を着るとあまりわからない

「れーさんのご飯が美味しすぎて太りそうです」

「そんな事言って、以前よりは全然食べてないじゃないですか」

「そんな事ないですよ…。それより、毎日仕事行く前に私のご飯全食用意してくれなくていいですよ…疲れるじゃないですか」

「いえ、全然」

ご飯を食べ終えた彼女がお茶碗を洗っている時に言ってきた。彼女は空腹が出来ないようにご飯を何回かに分けて食べていて、仕事前に彼女が食べる分量ずつに分けて冷蔵庫に入れたりしている。茶碗を洗い終わった彼女は手をタオルで拭いて納得のいかないような表情をこっちに向けてきた
俺としてはこんな時くらい甘えて欲しい。病院代も何もかも自分で払おうとしている彼女をどうにかしたい

「れーさんの負担になりたくないんですけど…、準備してきます」

「いってらっしゃい」

負担なんてかかってないのだが、彼女にとってはそう思うのだろうか。
少なめにだが、自分が作った料理を彼女が食べていてくれて、それが栄養になっているんだから嬉しい事この上ないし、最近そろそろ不服そうにだがそれでも美味しそうに顔を綻ばせて食べているから、こっちとしては嬉しい。
茶碗を拭き終わり、自分も着替えと準備をすませて彼女を待った。病院は混むというので早めに行く、洗濯物は俺が朝食の準備を済ませる前に、ポッキーを食べながら彼女が終わらせていた。

準備が終わって俺の車に乗り込むと、シートベルトがお腹の下にくるため、やっと彼女は妊婦っぽく見える

「それにしても、よくあの病院選んだな?」

彼女が通っている病院は、警察が病院に表だって行けなかったり、入院するための患者じゃなかったりする場合に行く病院。勿論入院も出来る大きい病院だが、警察関係者に強い病院。彼女の保険証の名前は表だってはきちんと安室になっているが、中身までしっかりと見られた時には降谷が出てくる。その場合には普通の病院だと困るし、何かあったときのために保険証を持ち歩かないようにとも言っていた

「あぁ、風見さんが…っ…」

「風見?」

彼女を横目で一瞥すると、膝の上で手を握って俯いた状態でいて、赤信号になった瞬間に顔を自分のいる方向じゃないほうへと向けられた

「ホー…?今の話し詳しく」

彼女の手を握っている拳の上から握ると、親指で手の甲を撫でた。青信号になってしまったので残念ながらその暖かい手から離さないといけないのだが、彼女がため息を吐いて「私のバカ」と呟いた。大きく息を吐いてから口を開く彼女が視界に入る

「お腹がちくちく痛くて、脚の付け根も痛いし、胃も痛いしなんなら頭も痛くて…歩いて病院に行く途中でお腹をさすって歩いていたら、風見さんに車から話しかけられたんです」

その時に風見にどこへ行くのかと聞かれ、お腹をさすっていた理由を問われれば、顔を顰められて行くならここの病院にしろ、って言われたらしく車で送ってもらったと。保険証を出したらすぐに検査をしてもらい、帰りも送ると言った風見の元に戻って妊娠していた旨を伝えた…で、風見が一番最初になまえの妊娠を知ったわけだ?
ホー…?風見、俺は聞いてないな?

「ってことは俺より先に風見が知ったと?」

「風見さんのおかげで病院行けました、よかったです。れーさんの足を引っ張らなくて…」

病院についてから車を停めると、彼女をジッと見た。そしたらすぐに苦笑いを浮かべてこっちの顔色を伺うような視線を送ってくる。目を細めて彼女を見ると、視線を再び逸らされた

「電話くれればいいだろ」

「ごめんなさい!だってその日忙しい日って言ってたから!」

「それでもなまえからの電話なら出ますよ!ましてや具合悪いとか妊娠とか…なんで俺より先に風見なんですか!!!俺には躊躇していただろ!」

「れーさんが好きだから躊躇するんですよ!!探偵なら私の心くらい推理してください!!!!」

「俺の事が好きなら頼られたいって俺の気持ちも考えてください!!」

「頼りすぎて嫌われたくないんです!!」

「俺がなまえを嫌うわけないだろっ!!!!」

「そんっ…」

急になまえの言葉が止まったかと思えば、顔を顰めた。お腹を押さえているので、シートベルトを外して彼女のいる助手席側に一度降りて慌てて向かった
扉を開けて彼女のシートベルトを外す

「なまえ、大丈夫ですか!?運びますよ」

彼女を抱きかかえて病院に運ぼうと腕を伸ばすと、彼女がそれに気づいたらしくその腕を掴んできた。歪んでいた顔は眉を下げて笑っていて、お腹をさする手は止まっていないが笑い出した

「ちが、声大きくしてお腹使ったからお腹張っただけです。過保護すぎっ…笑わせないでください、余計に張ります」

大きく息を吐いてその場にしゃがみこんだ。俺の体じゃなくて、しかも俺の性別が全然違うから、なまえがのんきにしていたとしてもこっちとしては大事
さらに声を大きくさせた原因が自分にあるので、バカみたいなやきもちで彼女のお腹の子に窮屈な思いをさせたと思った。立ち上がろうと顔をあげると、こっちを覗き込む彼女と目が合って緩く笑ってきた

「すみませんでした、ただのやきもちで…いやな思いをさせました」

「嬉しいですよ、でも私の気持ちもわかってください」

「僕の気持ちも信じてください…あなたを嫌いになる事なんて、無いんですから」

彼女の手を握って言えば、唇をきゅっと結んだ彼女が顔を赤らめて瞳を揺らすと「ずるいですよ」と呟いてきた。
それからお腹の張りは大丈夫になったらしく、俺にそのまま手を引かれて病院内に入った。

病院の中に入って彼女が受付を済ませると、産婦人科のほうへと行った。産婦人科は総合病院なのにそこだけ別館のようになっているようで、その中へと入った
椅子に座って呼ばれるのを待っている間、彼女がちらちらと俺の隣を気にしている
彼女を端に座らせていたのだが、俺の隣に女性が座ったからだろうか、彼女が俺の腕に手を回してぎゅっと自分のほうに引き寄せているから…立ち上がって彼女の傍らに立つのもいいのだが、こんな可愛いやきもちをあからさまにだしている彼女がいるのに、立てるわけが無い。
そのうち隣の人が話しかけてきた

「かっこいい旦那さんですね」

「…ありがとうございます」

彼女がその人に顔を出すと、戸惑った表情で答えた。するとそっちの女性は目を細めて笑い、俺のほうを見上げてくる

「ポアロの店員さんですよね?たまに見かけていました」

「ええ、そうですね…今は探偵業のほうが忙しくてバイトをやめてしまいましたが…でも、お客様でお会いした事無いですよね?」

ちゃんと客の顔は把握しているつもりだが、彼女の顔は見た事が無い。聞いてみると頷いて、外を通った時になまえや蘭さんたちをお見送りしている時によく通りがかったとか言われた
さすがに通りすがりの人で、怪しい人は覚えているが、何人ものの人が行き交う中でなんでもない通行人を覚えているわけも無いので「あぁ、そうだったんですね」と無難に返した

彼女が血液検査と体重測定等があるらしく、二人で行く必要性が無いので一人で行くらしいが、心配そうに振り向いてくるので立ち上がった

「扉の前で待ってますよ。転ばないでくださいね」



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