彼女が最初から用意していた荷物とかを持って病院に連れていき、病院についてすぐに彼女は分娩準備室という所に連れていかれて、少しだけ外で待っていた。助産師に呼ばれて中に入ると横になって顔を顰めている彼女がいて、腰を強く摩ってやれば、彼女が息を吐いて目を開けた

「目瞑らないでねー、旦那さん見てて安心しようか。足に力入ってないね、うん上手。ふーー…んっ!てやってて」

流れるような説明をされながらパタパタとそのへんを移動していた。手をグッパーさせているのでその手に手を重ねるとぎゅっと掴まれた
額に汗が滲んでいるのでその汗をタオルで拭う

「水飲みますか?」

「はい…」

ペットボトルの水にストローを入れて口元に持っていったのだが、痛いらしく飲むことはせずにいたのでもう一度腰をさする。しばらくして目を開けた彼女がストローに口をつけてごくごくと飲み始めた、ほっと息を吐いてすぐにまた顔を顰めた
情けないけどどうしたらいいのかまったくわからない。知識はあるし、色々調べてはいた。それなのにいざ痛そうに顔を歪める彼女を見たって何も出来なかった

何度かそこから出されて、彼女の状態を確かめている間は外で待っていて、また入る。
少しの間の陣痛が収まっている時には彼女が話した

「名前決めないと」

「まだ性別わかってないのに、ですか?」

「女の子でも男の子でもいいように、どっちのも…私、どっちでもあなたに似ている子がいいな…かっこよくて可愛い…」

また陣痛が始まったようで、言葉が途切れた。
腰をさすって、言葉をかけて、タオルで汗を拭って、お水をあげて…本当にそれしか出来ない。これを他の父親がやっているんだと思ったら、辛くないのかと感じる
自分は辛くて仕方ない、何も出来なくて無力で、情けないにも程がある


そのうち助産師が来て陣痛が治まってるあいだに分娩台に行こうと連れて行かれた

「旦那さん、立ち会いしますか?」

正直見てるこっちが辛くなってくるから、彼女の痛そうな顔は見たくない。自分が与える痛みとは違うから、余計に怖い。でもそれを一人でいさせるのも嫌でうなづく

「安室さん、目を開けてください」

安室さん、って彼女の事だ。わかってはいるが不思議で、自分がよばれた気もしてしまう
頬を軽く助産師に叩かれるものの、痛みで彼女が目を開けないようだ
彼女の頭のところに立って、彼女の手を握ったら、彼女が目を開けた

「旦那さんいたほうがやっぱりいいんだね」

「ここにいてくれるの?」

「……もちろんです」

泣きたくなる。肯定した瞬間に、痛いだろうに笑みを浮かべた彼女を見て、本気で泣きたくなった


何度も死に行く人間を見送った。その自分が今度は産まれる瞬間を見るかもしれない事になるなんて、まったく考えた事も無かった。
彼女に会うまで知らなかった事が沢山ある
だから目の前ですっと眠るようになった彼女を見るたびに、自分の血の気がひゅっと引いた、何度も何度も彼女は頬を叩かれたりして起こされる
そしてすぐにぎゅっと手を握っては大丈夫だと言うようにこっちを見て笑ってきた
自分が心配そうに見ていたせいだろう、助産師に「眠くなるのよ」と言われた。本当に眠っているだけなのか…

「まだいきんじゃだめだよー」

なんて呑気な声が聞こえてくる。助産師はこういった状況を何度も経験しているから、そうやって声をかけながら色々と作業が出来るんだろうけど、こっちは気が気じゃない
こんな時に風見から電話が来た、奥さんは見ているから大丈夫だよ、なんて言われて廊下に出て電話に出る

当然ながら仕事の話しだったので、指示をしながら時計を見た。時刻はもう日が沈むくらいまでいつの間にかなっていて、風見に最後に彼女の事を伝えてから電話を切った
バタバタと廊下を走る助産師、その人たちが入って行ったのは彼女のいる所
早歩きで元の場所に戻ると、「陣痛きたらいきんでねー」なんて言われていた

ぎゅぅっと彼女が手を握ってきて、浅い呼吸を繰り返す。たまに水を与えられたりしていたが、自分はただ彼女の手を握り返しているだけだった
その状態が続いて、そのうち赤ん坊の泣き声が聞こえたが、自分の手が冷えていて気づかなかった…彼女の手がすごく冷たい。産まれた時の声や、彼女を呼ぶ声が遠くに聞こえた

「なまえさん、起きて」

声に出ていたかどうかはわからないが、自分の手を握り返さなくなったその手がゆっくりと自分の手をすり抜けた




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