妊娠8ヶ月になると、彼女はどこからどう見ても妊婦ってわかるくらいのお腹の大きさで、子供が動いているのが見ているだけでわかる。たまに彼女のお腹の一部が出っ張っている時があって、本気でびっくりした。彼女はそれをなんともなしに「肘とか膝かな」なんて言って笑って触っているから、俺も触ってみたけど硬い
お腹の中に人間がいるって本当に不思議に思うのに、彼女は何も思っていないようで、それはやっぱり男と女の違いなのかと思う

で、8ヶ月になって彼女は階段をのぼったりするのも大変そうだし、足元が見えなくて転びそうになっているのを部下が見かけたりするという。実際転んでないのでまだマシだが、それなのに、だ

「ただ…いま…」

「あ、お帰りなさい。ごめんなさいお掃除してて気づかなかったです」

「それはいいんだけど…何でわざわざ雑巾で…」

「運動ですよ!」

家にはクイック○ワイパーだってあるのに、膝をついて一生懸命端から端まで掃除をしていて、そして終わったと立ち上がった彼女がふらついて壁に手をつけたり
スクワットをし始めたりと…妊婦は妊婦で大変なんだろうけど、俺の心も大変だ
へたに任務で潜入してばれるかばれないかの瀬戸際よりも、こっちのほうがハラハラする。しかも笑っただけでお腹が張ると言ってはお腹を撫でたりするのに、どうしてこうも大人しくできないのか…
色々調べたけど、確かに運動するのは安産のために良いって言う、良いとは言うが…俺の心にはよくない

「そういえば今日4Dで赤ちゃん見てきましたよ」

「どんな顔してました?」

「背中向けられてました」

「恥ずかしいのかな」

ご飯を食べてからカフェインレスのホットココアを入れてあげて、お風呂に入って出てくると急にトイレ掃除を始めていたりする。今は夜ですよ…

「妊娠中の奇行が多すぎる!いったいなんなんだっ」

「私もわかりませんよ。ただ急に掃除したくなるんですよねぇ…」

「少し落ち着いてください…」

掃除が終わってもまだ何か整理整頓しに行こうとする彼女を捕まえて、俺の足の間に座らせて後ろから抱きしめていた。立ち上がるたびにふらっと一瞬して、目を瞑る彼女を見ているこっちの身にもなって欲しい
具合悪いわけではなくて、ただの低血圧なのだが、低血圧はどうしようも無いといわれているらしいがそれならそれでゆっくり立ち上がるとか何かすればいいのに、彼女はいつも通りにスクッと立ち上がってしまう。学習しろ
彼女のお腹を撫でると、ポコポコとお腹が動いた

「れーさんの手ってわかるんじゃないんですか?」

「お腹の上なのに?」

「話しかけてみればいいと思います。パパですよーって」

「パッ…」

クスクスと笑う彼女にそんな事を言われれば、心臓がぎゅっとなる。愛しいとかそういうものとはまた違うもので、ただそんなふうに言ってお腹を撫でたりできないので、とりあえず「こんばんは」って言ってみたら彼女が肩を震わせて笑い出し、また俺の手にポコポコと伝わってきた

「こんばんはって…れーさん、可愛いですねっ…!あははは、笑わせないでください、お腹はりますっ…!!」

別に笑わせる気はまったく無かったし、なんなら本気で挨拶しただけなのに笑われたので、彼女の肩のほうに手を移動させればぎゅっと抱きしめた。すると「ごめんなさい」と笑いながら言われる

「お腹はるってどんな感じですか?」

「あぁ…ぎゅぅうう…ってなります」

「それ痛いのか?」

「うーん…そこまでは…度合いによります…」

わからない事だらけ。彼女は夜眠れない事が多いようだったので抱き枕を買ってあげたら物凄く喜んでいた。ただその抱き枕がたまに俺と彼女の間にでーんっと置いてあるとちょっと抱き枕に嫉妬する
こいつは俺の敵だ。俺となまえの間にふてぶてしく寝転がり、眠っている時はずっとなまえに抱きしめられ、羨ましい抱き枕

「俺を抱き枕には出来ないんですか…?」

「硬いんですもん…」

「じゃあ抱き枕に俺の顔でもはり「ぎゃあっ…」

冗談だったが、さすがに引かれたかと思って冗談だと弁解しようとしたのに
「ぎゅうできない!」なんて顔を赤くされて言われたらこっちが困った。夜中に帰宅しても、お腹が苦しかったりすると眠れないようで気づいて起きてきたりする
そのかわり細切れの睡眠は取っているようで、昼に帰ってきたら眠っていたり、いないと思ったらまた元気に散歩に出かけていたりと…とりあえず眠っている時でさえジッとしていない感じだ
お腹の中の子供の性別は、俺も彼女も聞いていないし、医者にも教えないでくれと言っているらしい。
そんな彼女の騒がしい日々が過ぎていって、9ヶ月頃には仕事をそろそろ休もうかと言っていた

「なまえさ…働かなくてもいいんですよ?今まで俺も帰れたり帰れなかったりで、なまえが一人になるから何も言わなかったけど。子供いるなら一人じゃなくなりますし」

「え、でもれーさん一人に負担かけさせるわけには…申し訳ないですし…」

「何も負担になってないし、あと子供5人くらいいても大丈夫ですよ」

「いや…それは私が辛い…。」

「まあ…なまえが仕事好きだって言うなら止めたりはしないけど、ただ俺に気を使って働かなくてもいいって事は覚えておいてくれれば」

「ちなみにれーさんはどっちでもいいんですか?働いてても、働いてなくても」

「あ、それ聞かれたら専業主婦希望する。それならいつ俺が帰ってきてもなまえがいるわけですよね?最高」

ゆっくりを瞬きした彼女が、ふぅっと小さくため息を吐いた。今のは本当の本心なんだけど、まあでも強制ではないわけだし、と思っていたら彼女が笑った。その後何も言ってこなかったから何だったのかはよくわからない。
そんなある日、寝る前にベッドに座って俺を待っていたらしい彼女がいたので、なんとなくその彼女の前に正座した

「れーさん…おねだりしてもいいですか?」

「なんなりと!!!!」

なまえからのおねだりとか聞いた事ない。即答すると、彼女が困ったように笑った

「車欲しいです。でも私の貯金だと頭金くらいにしかならないですし…それ使ったら出産とかのお金とかも…大変になっちゃうので」

あぁ、俺の車にチャイルドシートとか面白いにも程がある。それにわざわざ出勤の時には取らないといけなくなったりもするし、むしろ車に乗せているときに何かあったらチャイルドシートごと彼女たちをおろさないといけなくなる
それなら彼女用の車があったほうがいい、それはわかるけど、どうしてこう出産とかのお金も自己負担しようとするんだ

「出産の準備のお金も自分で出したよな?」

「うん…園子ちゃんたちと一緒にお買い物して…」

「お腹の子、誰の子?」

「え?私とれーさんの子…」

「じゃあどうして自分のお金でどうにかしようとするんですかっ。俺もなまえと買い物とか行きたい」

「や…だってれーさん、最近忙しかったじゃないですか…今日だって3日ぶりですし…」

「あぁ、そうだな。だから察しろ」

「えぇ…寝てください…。お話しはすっきりしてるときにしてください…」

3日間寝てない。ベッドの上に座っているだけで、そのままバタンッと倒れたいくらいだが、彼女がいるし会話がしたいから起きていただけで
しかもこの徹夜ののりで自分の思っている事を言えるんだからそれはそれでいい。自我さようなら



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