彼女たちがポアロを出てから2時間程たった頃だろうか、ポアロの前の道路を警察や消防車やパトカーがサイレンを鳴らして通り過ぎて行った。食事を運んでいたのだが、パッと顔をあげて通り過ぎるその車を見る

「事件かな…」

今、自分が食事を置きにきたお客様が同じように外を眺めながら呟いた。何となく嫌な予感がしてそのまま固まっていたのだが、接客中だという事を思い出して眉を下げたまま笑って食事をテーブルに置いた。お客様からお礼を言われると、今通りすぎて行った車たちの行方を見ようとしているらしく、「安室さんも気になってるみたいですね」と言われたので「ええ」と返事をした。するとお客様が検索結果の画面を見せる
ネットに乗るのが早いのは、今その場にいる人がSNSで発信しているせいだろう。現にその人もそこから辿ったらしい

「べいかデパートで…放火…です、か…」

あれ、さっき蘭さんが外に出る時に確か「べいかデパートに行くなら…」という話しをしていた気がする。「安室さん?」と目の前のお客様に話しかけられると同時に、マスターに肩を叩かれた

「工藤くんが来てるよ」

「あ、あぁ、ありがとうございます。」

お客様に頭を下げると、ポアロの外で待っている彼のほうへ向かった。ポアロの外に出ると彼がこっちを見てきた

「蘭たち、今日ポアロの後べいかデパートへ行くって言ってました。園子も蘭もなまえさんも、携帯…通じないんです」

携帯を取り出してなまえがいる場所を見ると、べいかデパート…マスターに行って休憩を貰い、新一くんを隣に乗せて車でべいかデパートに向かった。
新一くんはこういう時に凄く強い、刑事たちと大半顔見知りで、蘭さんが中にいるかもしれないという事を伝えると、ロープの中に入る事が出来た。高木刑事が言うにはまだ全員避難できていないので避難途中らしく、確かに次々と人が出てきては救急隊員の人たちのほうに寄っていった。火傷をした人が手当てされて、煙を吸った人が処置されている

「蘭!」

「新一……なまえさん見た?」

「いや、見てねぇけど…」

黒い煙が当たりに立ち込めて、風の向きによってはこっちまで包み込まれてしまいそうだ。彼女がこの中にいるのは明白、ただ表から入るわけにもいかないので裏に回ろうと踵を返そうとした所で園子さんの彼女を呼ぶ声に足を止めた。

「なまえさん、よかった!!!その人…誰?」

彼女に園子さんが駆け寄って行くと、なまえが腕を掴んでいる人物の事を問いかけた。なまえが苦笑いを浮かべると「え、放火の犯人」としれっと答えるので、すぐそばにいた高木刑事に掴まれた

「どうして犯人捕まえたりなんかしてんのよ!避難しなさいよ!ひーなーんっ!」

「だってホールに立ち尽くしてたから…一緒に行こうって言ったらついてきたよ」

「あのねぇ、なまえさん!?」

バシッという鈍い音がその場をシンとさせた。
その音を立てたのは俺。彼女の頬を叩く勢いで両手で挟んだ。彼女が目を見開いていたがそのうち表情を歪ませた

「ごめんなさい…」

「たとえ犯人だろうとなんだろうと…誰かを助けることは立派ですよ…。でも頼みますから…」

頬から手を離してぎゅっと抱きしめると、彼女が腕を回してきて「怖い思いさせてごめんなさい…」と呟いてきた。
自分が、彼女をいつも不安にさせていて怖い思いをさせている自分が、彼女にこんな事を言えたぎりじゃないし、それはよくわかってる。自分だって彼女と同じ立場になったら絶対に同じ事をしただろうしそれも頭の中ではわかっているし、何度だってその強い心の彼女を見た事だってあった。だけど、彼女がそれをするのはどうしても許したくない
彼女を失ったら自分は今度こそ、本当に何も残らない

「お取り込み中のところ申し訳ないです。あの…一応救急隊員の方に…」

「あ、大丈夫です」

「でも」

「犯人さんが結構助けてくれたので、煙吸い込んでないですし」

「あぁ、その犯人さんがありがとうございますって君に伝えてくれって」

彼女が手を振ったのがわかる、彼女の体を離すと、先ほど叩く勢いで挟んだその頬を撫でた。「なまえさん、犯人に何かしたんですか?」蘭さんに問いかけられるとなまえが首を振る。嘘だろ、何も無いのに犯人に助けられて?お礼を言われるわけが無い

ジッと彼女を見つめると彼女が困ったように笑った。それよりも体は大丈夫なのか
問いかけようとした瞬間に彼女が俺の胸に額を寄せて来た

「おーおー、ラブラブねぇ…」

「なまえさん、お腹張ってますか?」

火が消されたため、少しずつ人ごみが減っていった。それは野次馬だったり、べいかデパートにいた人たちの親戚だったりしていたらしく感動の再開はそこそこに、それもいなくなった。デパートの火はそこまで大きなものでは無かったらしいが、一階は中々酷い有様だったという。彼女を横抱きにすると、彼女が首に腕を回してきた
人前なのに嫌がらないって事はそういう事なんだろう

「なまえさん、大丈夫?何?もう産まれるの!?」

「バーロー、動きすぎたんだろ。今なまえさん安定期に入ったあたりだろうから…お腹がよく張る時期だっつーし、あんま動き過ぎると…まあ簡単に言うと腹の中から休めって言われてんだよ」

「へぇー…?詳しいわね、工藤くん?予習はばっちりってか?」

「なまえさん、今日は園子の家じゃなくて、お家でゆっくりしていたほうがいいんじゃないですか?」

俺の腕の中で、彼女が首を小さく振った。「でも」と蘭さんが続けようとすると、園子さんが口を開いた「まあ遊びたいのよね、久しぶりだし。もうつれまわしたりしないから、無理しないっていう約束なら家に来てもいいのよ」と、なまえの気持ちを汲んだ言葉が出てくるとなまえが顔をあげて笑った。「それじゃあ、よろしくお願いしますね」本当ならば連れてかえって、自分も仕事を休みたいのだが今までやっていなかったぶんもあるので、休んでしまっては今後彼女が本当にどうしようも無い時に休めなくなる。だったら一人で家にいるよりかは、園子さんたちがいる時に任せたほうがいいだろう
園子さんの車に運んでくれと言われたので、抱きかかえたままそっちに向かった。
前にいる園子さんと蘭さん、そして俺の隣には新一くんが並んでいた

「もしかして安室さん仕事なんですか?」

「ええ」

「あぁ、それで…そうじゃなかったら多分家に連れて帰ってますよね」

「勿論。蘭さんがいますし、無茶はさせないと思うけど…少し心配だな」

「少しの間、俺も園子の家にいますよ。何かあったらすぐに連絡します」

「頼めるかい?」

「はい」

彼女が腕を離して来たので、下に下ろしてやればお礼を言われた。もうお腹の張りは大丈夫らしく俺の隣に並んだ。それを新一くんが見ると、蘭さんを呼んで横抱きにしていた

「なになになに!?!?!?!」

「なまえさん、興奮するとまたお腹が張りますよ…」

「ちょっと新一!?」

しばらくうろうろとした新一くんが、蘭さんを下ろすと手を開いたり閉じたりしていた

「安室さん凄いですね…ずーっとなまえさん抱きかかえていて」

「そうですか?」

「腕痛くないんですか?」

「全然。彼女を抱っこするために筋肉つけてるようなものですから」

半分本当、半分冗談だったのに、その場が静まりかえった。仕事上筋肉は落とせないし、鍛える事はやめられないのだが…この無言の空間はなんなんだろう、そう思って苦笑いを浮かべていたら園子さんが口を開いた

「あぁ、安室さんなら本当にそんな感じ…」

「ね…」

あぁ、こういう無言か…。確かに、何も無くても彼女を抱き上げるためなら体を鍛えようとするかもしれない
苦笑いのまま誤魔化して、その場を後にした。車に乗り込んでからポアロに連絡をすると、客足も遠のいたからそのまま上がっていいとの事だったので、本庁に向かった



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