いつからだったか。イドルフリートという人物が気になり始めたのは。
歩く度にゆらゆらと金色の長い髪がゆれ、光に反射する。綺麗に纏められている髪の先は癖なのかクルクルと巻いていて歩幅に合わせて小さく跳ねていた。
前を歩く彼は僕と同じぐらいの身長で体格も似ている…いや、僕が同じぐらいなのは彼のおかげなのだけれど…なのに、背中はとても大きく見える。
きっともし自分に父親がいたらこんな感じなのだろうかなぁ、なんて思ったり。
まぁ彼には一人娘がいるから実際に父親なんだけれど。
彼は衝動だ。復讐劇を作り出した衝動。エリーゼも僕も彼とその衝動に突き動かされていた。初めはそう思っていた。
今となっては、よく…そう、よく解らないのだけれど。
どうしてあの井戸に堕ちてしまったのか、何故復讐劇を始めたのか、僕たちのことをどう思っているのか…。
彼に関してもだ。
生前に航海士だったというのは教えてもらったけれど他には何も。娘が居たことも教えてくれていなかった。
結局、イドルフリートという人物をよく分からないと云うことが現状だ。
だけれど今も昔もこうやって考えている。考えているだけじゃ何も解決しないのは知ってても。
エリーゼに聞いても解らないと言っていた。ならば自分で、と思っているのだけど…本人に聞く勇気は何故かでなかった。
「…ン…ヒェン、メル!」
「っ!!あっごめん…!」
聴き慣れた声に我に返り顔を上げると、不機嫌な表情で僕を見ているイドがいた。
碧色の目が綺麗だと思った。
「全く…君から私と外に行きたいと言いだしたのに、一体何を考え込んでいるんだ低能め。」
「ご、ごめん。少し考え事だ」
「考えたいのならメル独りで散歩でもすればいいだろう」
「そうだね…」
全くその通りだ。彼にだって用事があったはずなのに、自分の用事で誘って付き合ってもらっている。それで話さないなんてそれこそ低能だ。
けれど、考えていたことがイドのことだったなんて言えるはずもない。
言うなんてとてつもなく、恥ずかしい。何故かは解らないけど。
そう考えて自分がイドルフリートのことをどう思っているのかさえ分からなくなった。
彼のことは『好き』だ。低能、だったり上からよく罵られたりはするけど『嫌い』というわけではない。
『好き』だけれど母親やエリーゼに感じる『好き』とは違う、『好き』。
思考はどんどん深い森にに迷い込んでいく。まるでいたちごっこだ。
思わず目線を地面に戻せば盛大に溜め息をつかれた。
「メル」
「………なんだい」
「私は低能な君が何を考えてるかはわからん」
「…低能ではないよ」
「だがな…」
「………?」
彼の珍しく歯切れの悪い言葉に視線を上げる。と、ポンと頭の上に手を乗せられてぐしゃぐしゃと撫でられた。
「何をっ…!」
睨み付けるように見てすぐ、目を見開いた。
金色の美しい髪が月光に照らされて、イドルフリートが微笑む。
いつもの様な笑い方ではなく、優しく微笑んだ。
整った綺麗な顔に一瞬見とれてしまう。
「低能なメルヒェン君の解を出すことなら出来る」
「ーっ!?」
にやりと笑いながら言ったイドルフリートに更に目を見開いた。
まさか、バレていたのか。でもなんで。エリーゼ意外には誰にも言っていなかったはずなのに。恥ずかしい。不安。
色々な感情が入り混じって、頭が止まってしまい目の前が真っ白になる。きっと、今自分の顔は凄いことになっているだろう。
あぁ、聞かれたらどうしよう。
というかさっき分からないと言っていたのは嘘だったのか。脳内は既にグチャグチャだ。
「まぁ今は聞かないから安心したまえ。無理強いするつもりはないからな」
「ふぇ…?」
百面相しているメルヒェンを見て軽く吹き出し、そう残しながらイドルフリートは背中を向けた。
聞かれる、と身を強ばらせていたメルの口から思わず拍子抜けした声が出る。
唖然と上機嫌で前を歩き出している彼を見て全身の力が抜けてしまった。
「やっぱり、よく分からない…!」
零した声にイドルフリートが笑った様な気がした。
なに色に変わるのか
でも、彼が知っていたということに少し嬉しかった自分がいたのは分かった