喫茶店の窓際席で紅茶に入れた角砂糖をかきまぜながらぼんやり窓の外に視線を投げる。
 私がこうして午後から取った休みにホテルで紅茶をかきまぜている間にも世界は回っているんだなあ、なんて考えていると電話で話しながら歩く営業マンとウィンドウ越しに目が合った。私の視界の端を通り過ぎるまで目をそらさなかった彼を心の中で見送る。あ、今度は小学生。さっきの営業マンの後ろからやってきた小学生のグループの先頭を歩く男の子は年齢のわりに大きなメガネをしている。小さいのに、目が悪いのかな。
 こちらになります、不意に聞こえた声に窓の外から意識を引き戻されて顔を戻すと向かいの席の椅子が引かれた。

「すみません、遅くなってしまいました」
「いえ、すみませんお忙しいところ……」
「いえ。ご無沙汰しています。それで、今日は……」

 どうされましたか。店員にコーヒーの注文を伝えると、風見さんはこちらに向き直った。

「以前、お伝えしていただいたことで……。こんなことを聞くなんて、それもわざわざお時間を作っていただいてまで、どうかしてると思うんですけど、でも、どうしても……」

 私の言葉を聞いた風見さんの表情が緊張したみたいに、少し強張った気がした。こんなことを改めて聞くなんて、本当にどうかしていると思うし、そして何より申し訳ない。けれども、どうしても聞かなきゃいけない。そうじゃないと、

「零く、…降谷零は、亡くなったんですよね…?」

 私の言葉が突拍子もなかったのか、風見さんの目が驚いたようにほんの少し大きくなった。

「はい…降谷さんは、亡くなりました」
「そうですよね…。そんな、まさか…ね…」

 風見さんの眉がぴくりと動く。

「どうか、されましたか?」

 風見さんの問いかけに、頭がおかしいと思われることは承知で、ゆっくりと口を開いた。

「実はつい先日、彼にそっくりな人に会ったんです。そんな、そっくりなんてもんじゃない。見間違えるはずがないんです。そのまま、私があの日最後に見た彼でした。目を疑いました。思わずスクランブル交差点で引き止めなんかして、名前まで聞いてしまって。でも、名前が違う。人違いだったんです。でも声が、声が同じだったんです」

 ひょっとしたらもう、私がいくらか忘れてしまっていて、本当は声も少しは違ったのかもしれない。死んでしまった人間は、思い出の中でしか生きられないのだ。寂しいなあ。手元の紅茶に写る顔が疲れていた。
 風見さんが頼んでいたコーヒーが運ばれてくる。

「私の知らないところで、本人も知らないうちに、実は生きてるんじゃないかなんて思ってしまって…」
「お言葉ですが…お伝えしている通り、降谷さんは…降谷零は、死にました」
「そう、ですよね…。そんな、まさか、ね…」

 ピリリとした、どこか張り詰めた空気が私たちを包む。もうこれ以上なにも言えなかった。
 平日午後のホテルに入る喫茶店は商談中のサラリーマンや談笑しながらアフタヌーンティーを楽しむ奥様方が目立つ。みんな、生きてるんだなあ、なんて。
 風見さんが目を伏せて静かにコーヒーをすする。少しメガネが曇ったのがなんだか少しだけ可笑しかった。
 視界の隅に映るレースのカーテンの端がやたら気になって、店内にかかるクラシックがやけに耳に残るなあなんて、持て余してしまった時間でそんなことを考えていると携帯の震えるバイブ音が静かに響いた。私ではないみたい。すみません、と一言断ってその場に電話に出た風見さんは、二言三言話すとすぐに電話を切ってしまった。

「すみません、仕事が入りました。もしまた何かあれば、連絡してください。今日はこれで失礼します」
「はい、今日はお時間、本当にありがとうございました」

 頭を下げた私に風見さんも静かに固く頭を下げると、では、と踵を返した。
 まだ飲みかけだった紅茶はもうすっかりぬるくなっていて、砂糖の甘さが口の中に広がった。隣の椅子から膝の上に乗せたハンドバッグから携帯を取り出すと新着メッセージが一件。心臓が急いだ。




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