頭上のランプが赤から青に変わると同時に人の波が動き出す。まっすぐ歩くことすらままならない渋谷のスクランブル交差点。ランチ終わりの昼一番はみんな気だるさを隠せない。そんな私も例に漏れず、うつむき小さく欠伸をひとつ。人混みに揉まれながら対岸を目指す。反対側の横断歩道から向かってくる人とぶつかりすみません、と会釈ののちにふと顔を上げると、その肩越しの人波の中によく見知った顔を見つけた。

 まさか、そんな、

「れ、」

 そこだけ周りの景色から切り取られ、音がなくなる。まるでスロウモーション。世界が止まって見えた。
 不意に視線がかち合った。そのまま目が離せず、いまだ動けないままの私の横を通り過ぎようとする彼の手首に思わず手を伸ばす。

「まって……!」

 彼が抱えるバケットの刺さった紙袋からオレンジが転がり落ちた。
 耳をつんざくのは再び雑踏。立ち止まった私に乱れてごった返す人の波。すれ違った中年のサラリーマンと肩がぶつかる。耳元で舌打ち。そんなことは今はどうだってよかった。
 だって、そんな、まさか、


「、?」


 驚いたように、次第に不思議そうに、どこか戸惑ったように自分の手首を掴む私を見つめるその目も。次第に困ったような笑みを浮かべるその口元も。
 間違えるはずがなかった。まさか、そんな、

 やがて途切れた人の波に取り残された横断歩道には私たち二人。どこか遠くでクラクションが聞こえた気がした。
 視界の端で点滅を始めていた青が赤に変わった。




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