彼の誕生日がホワイトデーの次の日だと知った頃には、もう三月が終わろうとしていた。どうしてもっと早く言ってくれなかったんだと詰め寄ったわたしに「言い出すタイミングがなかった」と彼は苦く笑ったけれど、そんなことはないはずで。ホワイトデーは先月のバレンタインとホワイトデーを兼ねてお互いに交換しようなんて言い出したくせに自分の誕生日のことは言わないなんて、不器用なところもあるんだと少しいじらしくもなった。
 埋め合わせがしたくて何かほしいものはあるかと聞いたわたしに彼は「ケータイがほしい」と、そう言った。ケータイなら、彼もわたしも元々それぞれ持っている。新しい機種に変えたいということだろうか。彼の意図することがいまいち分からずに目を瞬かせたわたしに、彼は月額定額24時間通話し放題のケータイを二人で持ちたいと笑った。

 手のひらの中のピンクのケータイを見つめる。いつも使っている折り畳みのものとは違う、今日買ったばかりの彼との通話専用のもの。店頭で機種を選ぶ際、二人でお揃いにしたいと言った彼に男の人でも持ちやすい無難な白色にしようかと提案したところ「これにしようぜ」と派手なピンクのものを彼が選んだ。このピンクが可愛いな、とわたしが元々思っていたものだ。
「おまえ、本当は白よりこっちがいいんじゃねぇの?」
 今日のお昼の彼との会話を思い出して、口元が緩む。ボタンを押して光った画面の時刻は午後十時を少し過ぎたところ。まだかな、と思った瞬間、画面がくるりと変わり、初期設定のままの着信音が静かな部屋に鳴り響いた。慌てて通話ボタンを押す。

「も、もしもし!」
「ゴメン、遅くなった」
「う、ううん、大丈夫」

 電話越しにふっと彼が笑う気配がする。

「緊張してる?」
「……してない」
「ははっ、可愛い」
「もう!」

 耳元のスピーカーからは声が聞こえるだけで表情までは見えないはずなのに、彼が今楽しそうに笑っているのが分かる。彼との電話は初めてではないけれど、いまだに慣れないでいる。

「何してた?」
「……お風呂入って、電話かかってくるの待ってた」
「へぇ」

 ケータイのスピーカーを通した彼の声は、わたしが知っているいつも通りの彼のもののような気もするし、いつもと少し違って聞こえるような気もする。何を話そうかとさっきまでお風呂であれこれ考えていたはずなのに、いざ彼の声を聞くと何も思い出せなくなってしまう。

「……何してた?」
「俺も一緒。風呂入ってた」
「そっか」

 高校時代の友達との電話なら、よくベッドに寝転がったまま夜中まで話していたけれど、相手からは表情も姿も見えないはずなのに今はベッドの縁に背中を丸めて座っている。寝転んで上擦った声が少しでも彼に変に聞こえないようにという健気な乙女心だ。

「今度一緒に入るか?」
「え?! は、入らない! ……や、やだ、そんなこと言うならもう切る、」
「冗談だって。そう怒るなよ」

 受話器の向こう側で笑う声は相変わらず楽しそうなのに、わたしの身体は彼の言葉に一人で熱を持って熱い。恥ずかしい。彼はたまに冗談だと言いながらこういうことを言うけれど、その度にわたしはうまく返せなくて。慣れるのはまだまだしばらくかかりそうだ。
 身体の熱を冷まそうと、背筋を伸ばして視線を動かした部屋の中、ふとデスクの上のカレンダーが目にとまった。3月31日。明日から、4月が始まる。明日からまた、別々の生活が始まってしまう。わたしは大学、彼は予備校。今までも学校が違ったからこんなことには慣れているはずなのに、どうしても寂しく感じてしまうのはきっとこの一ヶ月、かなりの時間を二人で一緒に過ごしてきたからだ。一度知ってしまった彼の体温はそう簡単には手放せない。恋しい。

「明日だな、入学式」
「うん」

 さっきまで楽しそうに笑っていた声とは打って変わり、急にいつもより静かな彼の声が電話越しに響く。彼がふっと柔らかく息を吐いた。

「俺がいないの、寂しい?」
「……寂しい」
「なんだ、やけに素直じゃん」
「だって寂しいよ」
「そっか……」
「……今日は帰ってから勉強した?」
「したよ」

 受話器越しに、なんとなく彼が少し困ったように笑ったのが分かった。第一志望校の、第一志望の学部に合格したのに心の隅に小さな穴がぽっかり空いているようで、完全に手放しで喜びきれない自分がいるのも事実だ。新生活の隣に彼がいないことが、こんなにも寂しい。

「明日入学式なら、そろそろ寝るか?」
「うん、そうしようかな」
「俺がいなくて寂しいからって、浮気するなよ」
「しないよ。天童君こそ」
「しねぇよ」
「うん、そうだよね」
「あたりまえ」

 「じゃあまたね、おやすみ」そう言って切ろうとした電話からおやすみと返事が返ってくる。その声にもう一度おやすみと返して通話終了ボタンを押す直前、ケータイから離そうとした耳が声を拾った。

「おやすみ、愛してる」

 あっ、と思った頃にはもう指が通話終了ボタンを押してしまっていて、慌てて見たケータイの画面は初期設定のままの待受画面。その予想もしていなかった言葉にわたしは大きくまばたきを二回、ぱちぱちと音がしそうなくらいはっきりと目を瞬いた。
 彼の言葉を頭の中で再生する。三回目を繰り返したところでまた急に身体が熱を持つ。ドキドキと心臓は煩いのに、それでも気持ちはどこかふわふわしていて嬉しくて。わたし以外に誰もいない部屋の中で隠れるようにしてベッドの中に潜り込む。心臓はまだ煩い。震える指先でメールを打ち、送信完了の表示も見ないうちに身体の熱を逃すように彼とお揃いのケータイをぎゅっと握りしめる。ドキドキしすぎて眠れなさそうだ。そんなことを考えながら寝返りを打つと、ついさっき切ったばかりのケータイが着信音を響かせた。今夜は眠れそうにない。


件名:わたしも
愛してる




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