鍋は喜劇を好まれる.7








 陽気な音楽、子供向けの歌詞、聞き取りやすい旋律。不条理なおかしみを甘い蜜のように滴らせ、宵闇の楽団は童話を紡ぐ。
「ふむ。『陽気な男』と『うまい粥』の二話をどうやって繋げるとかと思ってはいたが、成る程ね。都合が良すぎるし、二人に要望を聞いていた割に金儲けも結婚も未定のようだったが……まあ、平和そうでいいんじゃないか?」
 傍観していたイドルフリードが、やや拍子抜けた様子で評した。
 現在、教会の中に再現されているのは、こじんまりとした町の風景である。雑踏に混じって場面を見学しているメルツ、エリーザベト、イドルフリードの三人は――子供達は妖精の役のまま童話の中に残り、きゃあきゃあと粥まみれの町を堪能していた――遠巻きに魔法の鍋の顛末を眺めていた。
「どうかね、メル。策者としての初仕事は?」
「強欲で身をを滅ぼした彼女達だから、今度こそ上手くやってくれるだろうと思ったんだ。少し狙いとは外れたが、一応めでたしめでたし……かな?」
「あんな指揮で良かったのかしら。荒唐無稽な場面も多いから曲の調子を早めたのだけれど、聞いている人を置いてきぼりにしていない?」
「大丈夫だと思うよ。逆にじっくり演奏すればするほど違和感が増すだろうから。ありがとう、エリーザベト」
 メルツが労うと、ようやく指揮棒が下ろされた。それに合わせて町の場面が閉じられる。風景が元の教会に変わっていき、美味い粥を満喫していた子供達が腹を膨らませて戻ってきた。今回生き残った田舎娘と女将は童話の中で暮らし始めるのか、二人は帰ってこない。
 終わったのだ――。
 その時、エリーザベトが持っていた草稿が淡い光を発してふわりと浮かんだ。
「さて、曲を演奏するのは屍揮者だが、童話を締め括るのは策者の役目だ。君がそこに書き入れたまえ」
 イドルフリードが懐から羽根ペンを取り出す。それは草稿と同様に、瞬く間に光を発してメルツのところへと飛んできた。宙に浮かんだ羽根ペンを取り、草稿を手元に引き寄せて頁を覗き込めば、真新しいインクの文字が並んでいるのが見える。上半分は挿絵になっており、女将と田舎娘が改造した荷車に深鍋を積み込んでいる場面が描かれていた。メルツは羽根ペンを握りしめ、慎重に筆先を下す。
『ende』
 最後の行にサインを入れると、まるで嵐の中に巻き込まれたように草稿が音を立てて閉じられるた。それはしばらく宙に浮いていたが、糸が切れたようにメルツの手元に落ちてくる。
 一方、教会の墓地では、田舎娘と女将の墓の周りにすくすくと草花が咲き始めていた。本人達が童話の中に残って新しい商売を始めているせいか、その草花とは粥の材料となるキビである。
 これで第二話が無事に締め括られたのだ。メルツは仕事を終えた開放感で汗ばんだ額を拭った。演奏中は傍観に徹し、妖精役の子供達に出番の合図を送ったくらいだが、ぼんやり屍揮を振るっていた頃よりも緊張していたのは確かである。イドルフリードがどう評価するのか密かに案じていたが、文句を言われないところを見ると及第点はもらえたようだった。メルツとしてもエリーザベトの手を汚さずに演目を終わらせる事ができたのだから、ひとまずは満足である。こうして一歩一歩、開放に近づいていくしかないのだ。







END.
(2012.10.04)

こんなシリアスな設定で、何故どんどんコミカルになるのか。女将と田舎娘のテンションが恐ろしい。
話の中で使用する童話は、エーレンベルク稿以外からも引っ張ってきています。修道院に置かれていた時代に草稿の一部が紛失してしまい、現在伝わっているエーレンベルク稿に収録されていなかったものもメルツの手元には残っている……という設定です。ご了承くださいませ。






TopMainMarchen




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -