鍋は喜劇を好まれる.5









 教会の中に戻ると、メルツはまず草稿を綴っていた糸を外し、頁をばらばらにした。順番を崩さないように注意しながら紙をめくり、必要な頁だけを取り出す。
「ふん、成る程。複数の童話を混ぜて話の筋を変えるつもりなのかな。最初から飛ばすね」
 手元を覗き込んだイドルフリードが意地悪く言った。もしかしたら彼も昔、試した事があるのかもしれない。言外にメルツの手並みを試しているのが窺えた。
「ハンスやグレーテルがいた時と違って、今回は主要人物が二人とも死んでいるところから始めなければいけない。彼女達を甦らせる為には、他の童話からエピソードを抜粋してこないと……ああ、あった」
 メルツは『陽気な男』と題された頁を見つけると、中盤の部分を引き抜いた。これは大きな戦が終わった後、兵隊だった男が聖ぺートルという神様と共に旅に出る物語である。その中で死んでしまった姫君を甦らせる逸話があるのだ。
 次にメルツは本筋とする童話を抜き出し、その上に『陽気な男』の一場面を乗せる。多少ちぐはぐでも、これで二話の童話が繋がるはずだった。紙の端を揃えて一つにまとめる。
 策者ができるのはここまでだ。上手く話が展開するかどうかは屍揮者の腕に掛かっている。草稿をエリーザベトに手渡すと、彼女は内容にざっと目を通した。
「ここの転調が難しそうね。それに……随分と乱暴な描写だわ」
 文字を辿っていた唇が不安げに尖る。メルツもそこは気になっている箇所だったので、悩みながらも助言した。
「そうだな……ここは滑稽さや童話の不条理さを強調した方がいいかもしれない。聖人の起こす奇跡の場面ではあるけれど、曲の調子を上げて、さっと終わらせてしまうのはどうだろう?」
「……分かったわ。やってみる」
 エリーザベトは頷いた。墓地に花を手向けた事といい、自分から死者を甦らせた事といい、少しずつ屍揮者としての自覚が芽生え始めたのかもしれない。口調から子供っぽさが薄れ、どこか落ち着いたものへと変わっている。メルツは彼女から視線を引き剥がすと、今度は女将と田舎娘を手招いた。
「君達はこっちだ、教会の真ん中に立っていてくれ。曲が始まれば自然と童話の中に入り込めるはずだから」
「あら、アタシたちにはその原稿って読ませてもらえないわけェ?」
「先が分かったら面白くないだよ。言う通りにすっぺ」
 渋る女将の背を押しながら、田舎娘が意気揚々と信徒席を抜けて祭壇の前までやってくる。口喧嘩はするものの、二人とも既に打ち解けた空気だった。果たして劇を行う意味があるのか疑問だが、この調子ならば今度の童話は上手くいくだろう。
「私たちもここで見てもいい?」
 大人達の様子を眺めていたグレーテルが威勢良く手を挙げた。子供達は騒ぎすぎてつまみ出されないよう、先程からお互いを肘で突付き合いながら教会の隅に突っ立っていたのである。幸い、今度の話は人が死ぬようなものではない。
「ああ、構わないよ。むしろ最後は君たちも端役として参加してもらいたいくらいなんだ。頼んでもいいかい?」
「本当!?」
「やった!」
「楽しい場面なら大歓迎だぜ!」
 子供達は俄かに活気付いた。メルツの指示に従い、祭壇から少し離れた信徒席の二列目に座る。イドルフリードは完全に傍観者に徹するつもりのようで、子供達の後ろの席に足を組んで座った。祭壇の前に立っているのはメルツとエリーザベト、そして田舎娘と女将の四人である。
 エリーザベトが草稿に視線を落としたまま、指揮棒を胸の前に構えた。誰からともなく一人、二人と会話が途絶え、遂に無音となる。痛いくらいの静寂の中、エリーザベトがぽつりと尋ねた。
「始まりの舞台は?」
 メルツは彼女を見る。青い瞳は未だ草稿に向けられていたが、伏せた睫毛の下からメルツの返事を待っている事が窺えた。答える声も自然と厳粛になる。
「場所は黒狐亭からだ」
「時刻は?」
「夜……にしよう。前回の続き、処刑台から黒狐亭へ田舎娘が乗り込んできた場面から。前回の『笛吹き男』と共通するものは『鼠』と『川』、これで話を繋げよう」
 エリーザベトは指揮棒を斜めに振り上げる。教会の風景は見る見るうちに変化していき、様々な調理器具や食器が収められた棚や暖炉が現れた。天井が低くなり、イドルフリードや子供達が座っている信徒席は壁の向こう側へと押しやられ、厨房の隣室へと移り変わる。そうしてすっかり舞台が整うと、エリーザベトが厳かに始まりを告げた。
「さあ、唄ってごらんなさい――」






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