鍋は喜劇を好まれる.4









「おい、誰か説明したまえ。私が席を外した間に随分と悲惨な事になったようだな?」
「まあ……」
 イドルフリードが取り繕いもせず眉間に皺を寄せるのを、メルツは罰の悪い思いで受け止める。
 甦らせた二人の死者達は口喧嘩を続けながら、まず真っ先に鍋を覗き込んで「ちょっと、何よこのゴミみたいなスープ!」「こりゃ質素すぎるだよ」と言ったかと思うと森に飛び込み、どこから見つけたのか山菜やキノコや岩塩を調達してきた。
 そして今、憮然としたイドルフリードと途方に暮れているメルツの前に繰り広げられるているのは、あれやこれや喚きながらスープに手直しを加えている二人と、感嘆の面持ちで味見をする子供達、そしてスープを掻き混ぜる役目を仰せつかって手伝いに勤しんでいるエリーザベトの光景である。
「いや、あの……おかげで食事は豪華になったよ?」
「そういう問題じゃない。劇が終わった後ならともかく、幕が上がる前から登場人物がくつろいでいるのはどうした訳だ?おままごとでも始めるのか?」
 聞かないで欲しい。自分も何故こんな事になったのか頭を抱えたいくらいなのだ。ちらりと横目に様子を窺えば、墓地には不似合いな言い争いが視界に入ってくる。
「全く、思い出せば思い出すほど腸が煮えくり返るわッ!あんな陰険な方法で化けて出るなんて、アンタって子はどれだけ恩知らずなのよッ!」
「元は女将さんが悪ィんだべ。あんな方法で儲けるだなんてズルっこ、おてんとう様が許すはずねぇ。罰が当たったんだべよ。その癖、今度は女将さんがおらに復讐する気満々だなんて……人様の肝臓を取っておいて、そりゃあないだ」
「んまぁ!ズルイって言ってもね、その金でアンタを養ってあげてたのよ!死んだ後くらい役に立ちなさいよッ!」
「おらはただ、自分のものを取り返しに行っただけでねぇか。それを女将さんが勝手に驚いて、自分の心臓まで止めちまって」
「そりゃアンタ、あんな事されたら誰だって心臓くらい止まるわよ!」
「いんや、きっともう老化で弱ってたんだべ。年貢の納め時って奴なんだべさ」
「キィ〜〜〜!本っ当、憎ったらしいったらありゃしないッ!」
 感心してしまう。普通、恨んだ相手にここまで率直に向かい合えるものだろうか。この調子で二人が話し合ってくれたら、勝手に折り合いが付いて復讐の問題も解決しそうだ。
 だがそれではイドルフリードの意に添わないだろう。彼はあくまで『海に至る童話』の一手とて二人を壇上に上げたいのだ。案の定、彼は不本意そうに腕を組み、とんとんと急かすように指を動かして苛立ちを隠そうともしない。
「君達、少しは口を閉じたまえ。料理人が多弁とは由々しき事態だな。まさか飛び散らかした君達の唾が、スープの隠し味などとは言うまいね?」
 鞭打つようなイドルフリードの冷ややかな皮肉に、ぴたりと口論が止んだ。
「あンら〜、いい男が来たじゃないの〜ォ!」
「おらはあっちの人の方がタイプだべ。しかし、どっかで見た事あるようなお人だな?」
「いい男なのは確かだが、君達と親しくした覚えはないね」
 走りよってきた女将を闘牛のように受け流し、イドルフリードはかぶりを振った。再び突進してくる女将との一悶着をこなし、彼はエリーザベトへ振り返る。
「まあ、出てきてしまったものは仕方がない。この始末は自分達でつけてもらうぞ」
「ええ」
 エリーザベトは杓子を置き、スープ鍋の横から離れると、華飾衣についた埃を軽く払った。先程までは息を潜めるようにスープへ集中していたが、自分の役が回ってきたのだと理解したようで、身に纏う空気が変わっていく。メルツの胸がちくりと痛んだ。
「お二人をここに呼んだのは、もしも人生をやり直せるのなら、どうしたいのかお聞きしたかったからなの。色々と諍いがあったようだけれど、何か復讐以外の方法で心残りを晴らせないかしら?」
 いくらか説明が間違っている気がしたが、エリーザベトから見れば自分達の行いはそう映っているのだろう。淡々とした口ぶりだが、これではまるで人助けだ。彼女が屍揮者になったのは――認める訳にはいかないが――ある意味で適任だったのかもしれない。
「そうねェ……こうなったのも元はと言えば、昔の貧乏が原因よ。そうッ、悲しいトラウマって奴ねッ!」
 大仰な動作で、女将は大きく広げた両手で自らの肩を抱きしめた。眺めていた子供達が一斉にどよめいて面白がる。
「言い寄る男達も戦いで散り、愛も得られなかったわん……。だからパーッと楽しい生活でも送れば、気も晴れるかもしれないわねェ」
「そうですか。分かりました」
 芝居がかった女将の主張にも、エリーザベトは無表情に頷いただけだった。次いで、くるりと向きを変える。
「貴女は?」
「ん、おらも言っていいんだか?」
 既に復讐を果たしたはずだが、エリーザベトは律儀に田舎娘へ話題を振った。娘は唇に人差し指を当て、斜め上を見上げながら考え込む。
「そうさなぁ……おらも悪い事続きの一生で、人生って奴が何なのか、よく分かんねぇ。できるなら素敵な殿方と恋にでも落ちて、普通のお嫁さんになるような事してみてぇだよ」
 その言葉と共に、すすすと近寄ってきた娘にメルツは腕を掴まれた。さすがに面食らう。心なしか胸まで押し付けられている気がした。まさか田舎出身の純朴な子が色気を使うようになるなんて……女将の影響、恐るべし。そんな事に他愛なく驚愕していると、エリーザベトが首を傾げて尋ねてくる。
「お嫁さん、貰う?」
 咄嗟に頭が回らず、意味を捉えるのに時間がかかった。しかし彼女が自分の腕と、そこに引っ付いている娘を交互に見比べているのだと気付いて、はっと我に還る。いくら想いを伝える事を先延ばしにしたからと言って、エリーザベトに(例えそれが子供のような純粋な問いかけだとは言え)誤解されるのは勘弁して欲しかった。
「いやいやいや、しないから!僕は彼女の王子様じゃないから!」
「ちぇっ、つれないお人だべー」
 慌てて腕から引き剥がそうとすると、娘が不満げに唇を尖らせる。四苦八苦していると、ぱんぱんと両手を叩く音が場を遮った。
「はいはい、茶番は止したまえ。私はいつまでもこんな三文芝居を見るつもりはないぞ。幸せな人生を望むなら、それ相応の童話と組み合わせて、早く幕を上げるべきだと思うが?」
 白けた顔のイドルフリードが拍手を止めた。それもそうだべと田舎娘も納得して離れたので、メルツもほっと胸を撫で下ろす。エリーザベトも頓着なくイドルフリードの言に頷き、再びメルツを見上げた。
「いいお話はないかしら?」
 童話の草稿はまだメルツが預かっていた。一通り目を通したとは言え、咄嗟に選び出せるほどではない。助言を求めて反射的にイドルフリードを見ると、彼は片眉を上げて顎を上げた。聞きたい事があるなら聞きなさい、という意味らしい。
「イド、童話を選ぶ上での注意点は何かあるだろうか?」
「そうだな……まずは一つ」
 彼は傍らの墓石に腰を下ろし、組んだ足の上に頬杖をついた。
「丸っきり無関係に見えても、前回の話とどこかしら共通点を作らなければならない。言わばそれが童話と童話を繋げる鎖になるのだからね」
「共通点?」
「二話とも同じ題材……あるいは舞台となる土地、もしくは単純な言葉でもいい。揃えるんだ。例えば以前君と共に進めたものならば、『火刑の魔女』と『黒き女将の宿』を結びつけたのは『お菓子の家』と言うキーワードだった。老婆の作る料理と、そして憧れる娘……こじつけでもいいのさ。きっかけが些細でも、唄の中に出しさえすればこちらのものだ」
 イドルフリードはこれまでも共通点を挙げ始める。『肝臓』『林檎』『紡錘』『黄金』『宵闇』……。
「君は前回『火刑の魔女』を『笛吹き男』に書き換え、舞台としてはハーメルンの山まで駒を進めた。いずれ海に向かうならば鼠が溺れ死んだ川を使用して、川の出てくる童話を選ぶのも手だろうし、『鼠』や『笛』と言った題材から次を選ぶ事もできるが……」
 そこまで言うと言葉を切り、彼は宙へ右手を払った。
「まあ、好きにやりたまえ。今回は君が策者なのだからな」
 助言はここまでと言う事だろう。メルツは脇に挟んでいた草稿を引き出して考え込んだ。女将や田舎娘の希望を叶えつつ、海へ向かうような話などあっただろうか。舞台となる地域で選ぶのならばハーメルン、もしくは近くを流れるウェザー川に近い場所でなければならない。
 悩んだ末、草稿を胸元に寄せ、中ほどの位置へ指を差し込む。記憶を頼りに頁を開くと目当てのものが見つかった。押し出されるように息が唇から漏れる。一度目を瞑ると、メルツは乱れる心を落ち着けた。
「二人の希望を叶える都合のいい童話はないけれど……分かった、努力するよ。教会に移動しよう。エリーザベトは屍揮を頼む」
「ええ。どうすればいいか、お話してね」
 メルツが協力を仰ぐと、エリーザベトは軽く頷いた。未だ感情の薄い彼女だが、その表情が微かに楽しげに綻んだのは星明りが見せた錯覚だったのかもしれない。あるいは、そうであって欲しいというメルツの願いなのかもしれなかった。







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