亡き王の祭壇.6










 王宮への帰途。再び階段を下りていく。
「あれで良かったのか?」
「今回は怪我人も出なかったからな。彼を手放すのも惜しい。二度目はないから、お前も少し目を瞑ってくれ」
「まあ、それはいいが」
「あの犬にも悪い事をした。殴ってしまったよ」
「大丈夫だろう。帰り際もぴんぴんしていたじゃないか」
 一段一段、視界が下がっていく。世界が狭まっていくような帰り道を急ぐでもなく歩いていると、先程の出来事も現実から遠ざかり、夜の香りで溶かされていくようだった。
「夕涼みの散歩にしては濃かったな」
「そうか。私は疑問が晴れてすっきりしたぞ」
「こちらは疲れた」
 気の抜けた会話が耳に素通りしていく。使わずに済んだ剣の柄を掌で確かめて、アメティストスは息を吐いた。先程の、年老いた神官を思い浮かべる。
 感じ入ったように頭を下げる彼。この先、奴がレオンティウスに歯向かう事はないだろう。あの手の男は一度腹を括れば強い手札になりそうだった。聖域の関係者が味方に付けば今後がやりやすくなるだろう。
 自分が標的にされたという実感は湧かなかった。アメティストスが関わった事と言えば、先程の告発に立ち合わせただけである。そのせいだろう。神官が罰せられないからと言ってレオンティウスの判断に不満を持つ事はなかったが、こんな甘いやり方で国が立ち行くのかと危惧を覚えた。
(しっぺ返しを喰らわないといいがな)
 だが自分とて、彼の甘さに助けられてここにいる。偉そうな事は言えない。こうして人脈を広げていくのがレオンティウスのやり方なのだろうと、呆れ半分に思うだけに留めた。
 内乱を恐れて争いの芽を早々と摘もうと画策した老人を、国の忠臣と呼んで許した彼。神託の告げるまま双子を王家から追放した昔のアルカディアと、今回の神官の罪はどこが違うのか――それを許してしまった今、運命はどう変わっていくのだろう。
 それとも二つは比べるまでもなく、全く別の罪なのかもしれない。神託によってアメティストスの人生は否応なく狂わされたが、少なくとも今回は誰一人、何も失わずに済んだのだから。
 取りとめもなく浮かんだ疑問は、ぼんやりと形を得ないまま霧散した。答えを求める気にもなれず、アメティストスは隣を行く男を横目で盗み見る。ふと思い出す。
「……そう言えば、さっきの答えを聞いていない」
「うん?」
「風呂での話だ。どこが似ているか」
「そう言えば話したな。ええと、兄弟だと感じる瞬間?」
「ああ。酒の後という約束だったろう」
「そうだったな。それなら、ほら」
 レオンティウスの腕が伸びた。彼の手は洗い晒しのまま乾いたアメティストスの横髪を掬い上げ、撫で付けるように後ろに流す。咄嗟に動けず、空気に晒された首筋が熱を持った。
「な……っ」
「さっき髪を上げていただろう。それで気付いた。耳が、こう、頭にくっつくような形をしている」
 私もだ、と彼は誇らしげに言った。
「どうも父方の血らしいぞ。頑固で、軍人向きの相だと聞いた」
「…………」
「とても兄弟らしいと思わないか?」
 どう反応したらいいか分からず、アメティストスは無言を通す。やがて相手の手を振り払い、阿呆らしいと毒づいた頃には耳がすっかり熱くなっていた。苛立たしげに髪を押さえ、こんな答えを聞く為に時間を無駄にしたのかと、そう怒鳴る。
 図らず親睦を深める事になっても、狼はそう簡単に尻尾を振らないものだ。






END.
(再:2012.05.31)

コピー本の再録でした。和解エンド後の兄弟になります。以下解説。

【大浴場】古代ギリシャでも浴場の遺跡は発掘されています。ただ資料がなかったせいもあり、今回の話はローマ帝国時代の浴場をイメージして書きました。所謂テルマエ・ロマエ。

【リュカオーンの伝説】オオカミ座の神話をそのまま引用。神話では祭壇も星座になり、天に上げられています。

【ディオニッソスの祭り】ディオニッソス(バッカス)は酒と演劇の神。野性的で激情家。彼を祀る祭儀は酒や薬の酩酊感を利用しており、黒ミサの原型と言われているほど過激だった。

【ブロンディスとゼウス】幻想ギリシャの雷神と、現実世界の雷神の共演。この二つの神様の描写に関しては私の創作ですが、ゼウス神殿についてはオリンピア遺跡の物を参考にしました。

【狼と犬の違い】本文中に書いた通り、吠え方など色々と違うようです。狼を飼っても人に慣れるだけで、決して飼い犬のようにはならないんだとか。



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