いただきますとおやすみ

付き合って1年の記念日 彼氏にフられた

私の目の前にはとうてい1人では食べきれない量の手料理
茫然としながら、オムライスからのんびり上がる湯気を眺めていた。

同じ会社で働く彼の浮気が分かったのはつい先程
約束の時間になかなか来ない彼に痺れを切らして電話を掛けると、出たのは知らない女の人
「もしかして手料理ばっかりつくってる面白みのない彼女さんですか?」とケラケラ笑う甲高い声が今も耳に残っている。

焦った様子で電話を変わった彼を問いつめれば「なまえと付き合うの、疲れたんだよ」と逆切れされて
たったそれだけの一言で終わった私たちの関係。記念日に浮かれて手料理を大量につくった私の気持ちを地に落とすには十分すぎるものだった。

「むり……」

誰か一緒に過ごしてほしい、今日一人は辛すぎる
スマホの電話帳をひっくり返すけど、今から急に会ってくれと言える相手がいない
【一人 寂しい】【一緒に過ごしてくれる人 今日】
検索エンジンを駆使してネットサーフィンをしていると、あるホームページに辿り着いた

「添い寝サービス?」

要約すると、性的サービスは禁止だが 好みの男の子が一晩一緒に過ごしてくれるということ
今の私にぴったりじゃないか。

顔はモザイクではっきり分からないけれど、いろんなタイプの人がいるみたいで双子のキャストもいるみたいだった。
世界には私の知らない世界がたくさんあるんだなあ、なんて考えていると 一人気になる人がいた
皆が特技に「ゲーム」とか「晩酌の相手」とか書いてあるのに、一人だけ「不死身」と書いてあった。

「不死身……」

それなら今の死にかけの私にぴったりだ。
そんなよく分からない理由でタップした彼は、最短到着予定と表示されていた

呼び出してから、添い寝サービスの注意点というページを見付けて開いてみた。
こういうの、本当は頼む前に読まないといけないんだよなあ……と反省しつつページを開いた
性的サービスの禁止・サービス時間外の付きまとい禁止・手料理等の飲食はお断り
そんな注意点が何点か並んでいた。

「手料理だめなんだ……」

あわよくば目の前のこの料理を一緒に食べてもらいたいと思ったが、どうやら甘かったようだ。
ラップして数日掛けて食べ続けるしかないようだ。それでも食べきれなかった分は、残念だけどごめんなさいをするしかない。


▼△▼△

ピンポーン

聞きなれたチャイムの音に呼ばれて玄関を開ければ、私が呼びつけた男の人が緊張した様子で立っていた。

「添い寝サービスで来ました、佐一です」
「こんばんは、どうぞ……」

いざ会うと緊張してきて、自然と声が震えてしまった。
到着までまだ時間があると思っていたのに、随分早かったなあと思っていればそれが伝わったようで

「俺のこと指名してくれる人少なくて、だからすぐ来れたんだ」

とどこか気まずそうに頬を掻いていた。
お呼びじゃないのは私も同じだ、と言い掛けたけれど 言葉にしたら泣いてしまいそうだったので、黙って彼を部屋に通す。

「わあ!美味しそう!」
「ごめんなさい……すぐ片付けます」
「あれ、この料理は今日の晩ご飯じゃないの?」
「そう思ってたんですけど、手料理禁止なんですよね、すみません……」

片付けますから、と言った私の手を佐一さんが掴んで制止させた。

「どうするの?これ」
「ラップして、食べるか……食べきれない分は勿体ないけど、捨て…」
「だめだよ!もったいない!」

私が皆まで言う前に、きっぱりと言われて 佐一さんが座った。

「ね、これ俺が食べたらダメ?」
「お腹壊すかもしれませんよ」
「こんなに美味しそうなもの食べて壊すなら本望だよ」

そう言われたら私の崩壊寸前の涙腺が揺らぐ。
ぐすん、と鼻を鳴らしてから佐一さんの隣に並んで座る。

「いただきます」
「いただきます」

手を合わせてそう言って、初対面の男の人との食事が始まった。
佐一さんは幸せそうに頬張ってくれる。ここが美味しいとか、この味付けどうしたの?と聞いてくれるので自然と会話が弾む。

「ヒンナヒンナ」

佐一さんが幸せそうにそう言った。
初めて聞く単語の羅列に首を傾げつつ、佐一さんに何の呪文か尋ねてみた

「呪文じゃないよ、食べ物に感謝してるんだ」
「方言?」
「方言ではないけど、親戚の子に教えてもらったんだ」
「いいですね、ヒンナヒンナ」

そう言って笑ったら、胸があたたかくなった気がする。
さっきまであんなに沈んでいたのに、不思議だなあ

「それにしても、こんなに美味しいご飯食べられなかった人は残念だったね。ドタキャン?」

リスみたいに頬を膨らませながら租借する佐一さんが、何気なく聞いてきた。
勿体ないねえ、と言うのは何の悪気もない本心だ。
隠しておく程のことでもないと思って、私はゆっくりと口を開く

「振られちゃったんです」
「え!?」
「今日が付き合って一年の記念日だったから頑張ったんだけど、あはは」
「ごめん、俺……」
「あ、気にしないでください!今日こうして一緒に食べてもらえて本当に救われたので」

規則破らせてごめんなさい、と笑ったら彼は困ったような表情を浮かべた。


▼△▼△

お腹いっぱいご飯を食べてシャワーを浴びたら、残るは就寝
ベッドのに座る佐一さんを前にして、クッションを抱きしめる私は立ったままだ。

「あの、ほんとに寝るんですか……?」
「嫌だったら断ってもらっていいけど、一応そういうサービスなので……」

どぎまぎする私を前にして、佐一さんまでぎこちなくなる。
そうだよね、自分で呼んだくせに何を躊躇っているんだ私は

「じゃ、じゃあ失礼します」
「どうぞ。腕枕とかする?」

おずおずと私の方に腕を伸ばした佐一さんの言葉に甘えて、腕枕をしてもらうことに。
傷があれど端正な顔立ちが私のすぐ目の前に来た。

「そういえば、佐一さんの特技不死身って書いてあったじゃないですか」
「ああ、あれね。笑っちゃうよね」
「本当に不死身なんですか?」
「周りからそう言われてる」
「いいなあ、不死身…」
「え、憧れちゃう!?」

女の子が不死身なんて可愛くないよ、と言う佐一さんに思わず笑みが零れた。

「不死身って凄く強そうじゃないですか」
「なまえちゃんは強くなりたいの?」
「明日、平然と仕事に行けるくらいには……」

部署が違うとはいえ、同じ会社で働く彼に会った時 私は平然としていられるだろうか。
泣いてしまうんじゃないだろうか。

「仕事、行きたくないの?」
「さっき話した彼……おんなじ会社の人だから」
「そっかあ、それは嫌だよね」
「明日、普通に、」

言葉を詰まらせてしまった私の背中を、佐一さんがぽんぽんと叩いてくれる。
腕枕も背中を叩く手も全てが温かくて、余計に泣きたくなってきた。

「大丈夫だよなまえちゃん、美味しいもの食べたから 明日はきっと笑えるよ」
「そっか、良かったあ……」

佐一さんがそう言ってくれたら、本当に大丈夫な気がしてきた。

「私は不死身だ!って感じで出勤してみようかな」
「なにそれ、会社の人びっくりするよ?」
「あはは、ほんとだね」

胸につっかえていたものが少しだけ軽くなったら、今度は瞼が重くなってきた。
欲望に忠実な自分の体に呆れていれば、佐一さんが私の顔を覗き込む

「なまえちゃん、眠い?」
「ん…ちょっと、」
「それじゃあ寝ようか、おやすみなまえちゃん」
「はい、おやすみなさい」

一人だったら泣き腫らしていた目は大人しく閉じられて、夢の中へと落ちていく。
大丈夫、きっと明日は笑っていられる。根拠も確証もないけれど、そんな気がした。


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title:いただきますとおやすみ
write:めぐみ



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