sweet sweet sheep

終業の鐘と共に立ち上がり、同僚の誘いを断りながらオフィスを出る。
何故こんなに急いでいるかと言うと、今日が金曜日だから。


毎週金曜日は、添い寝屋さんの日。


きっかけは、寝不足が続き、体調を崩し始めていた頃に
心配した友人が無理やり予約を入れてしまったことだった。
初めから抵抗がなかったかと言えば嘘になる。
知らない人を家に上げることすら怖いのに、ましてや同じベッドで寝るだなんて。
しかし、友人の強い勧めで「まぁ1回だけなら」と折れてしまったわけだった。


「どーもぉ、白石由竹でぇす」

予約の時間にやってきた添い寝屋さんの第一印象は添い寝屋≠ニいうイメージとかけ離れていた。
甘い匂いを漂わせて、へらりと笑った目尻が可愛らしい人だなと思った。

白石さんを招き入れ、まずは大まかな説明を受ける。
必要書類に目を通しサインをしている間に、ハーブティのいい香りがする。

「ごめんねぇ、台所借りたよ」

今日は上手く淹れられたから飲んでみて!と促されて飲むと、確かに美味しい。
ほぅ、と息をつくと、白石さんも大袈裟にほっと胸を撫で下ろしていた。

他愛のない話をしていると、白石さんへの緊張も解けてきたのか、
楽しい話のはずなのに欠伸を噛み殺すようになっていた。

「そろそろいい時間だし、寝よっかなまえちゃん」

本来の目的を思い出し、先程の緊張が蘇ってくる。
顔に出ていたのか、また白石さんが笑った。

「俺臭くないから大丈夫だよ!!デカい湯たんぽだと思って」

ほらほらと背を押されて、寝室へ向かう。
腰掛けるのは自分のベッドなのに、まるで他所の家のベッドのように感じる。
ええいままよとごろりと寝転べば、布団を掛けてくれた。

失礼しまぁすとわざとらしく高い声で言いながら、私の隣に横になる白石さん。
ふと、玄関先でもした甘い香りが匂い立つ。

「白石さん、香水かなにかつけてますか?」

「ううん、俺香水苦手でさ
えっ俺臭い!?臭いかな!?」

「あっいえ、臭くないですよ、好きな香りです」

素直にそう告げると、照れ臭そうに頭を掻く仕草が可愛くて、
緊張もどこかへ飛んでいってしまった。

横になってからも、話が尽きない白石さんの引き出しの多さに驚きつつ、
私は数ヶ月ぶりに薬に頼らずに眠りについていた。


翌朝目が覚めると、白石さんは既に起きていて、
ハーブティと軽い朝食を用意してくれていた。

「なまえちゃんおはよう、どうだった?ゆっくり眠れた?」

「はい、久しぶりにすっきりです」

「うんうんよかった、顔色も良くなったね!」

自分のことのように笑う白石さんに、なんだか心がぽかぽかと暖かくなった。



それから、毎週金曜日は白石さんを指名して、添い寝屋を利用し続けている。
1週間しか経っていないのに、白石さんのあの甘い香りがもう恋しい。


今日もベルの音とともに、甘い香りがやってくる。

---------
title:sweet sweet sheep
write:いちか

6/10
<< bkm >>