(鉄道)
12/17 21:34


静かに深呼吸をして、辺りをぐるりと見渡す。

「ここに来るの、久しぶりだなぁ…」

ふわりふわりと風がそよぐ景色は、最後にここ―リゾートエリアを訪れた時とそれほど変わってはいなかった。ほら、イセク。あなたの生まれ故郷だよ。私とイセクの出逢いの地、そしてお姉ちゃんとの再会の地。あぁ、あの日から何年たったっけ。

『…クレハ』

そっと目を閉じる。

『………私は、』

月明かりの下で細く柔らかな白糸が、淡く輝いている。

『・・・・・』

ぽたり、雫が頬を伝って手のひらに落ちてゆく。

「クレハ!」

自身を呼ぶ声に現実に引き戻され、弾かれたように顔を上げれば、目の前にはよく知った顔があった。忘れるはずがない−

「久しぶり、ササ姉」
「うん、久しぶり」


………………………

「サイコソーダでいい?まぁサイコソーダしかないんだけど。いいよね」
「うん、いいよ。大丈夫」

ことり、とシュワシュワ泡立つソーダで満たされたグラスが置かれる。それにしても、と向かいに座るササ姉が問いかける。

「どうかしたの?クレハらしくない…」

何か悩み事?と覗きこんでくる二対の紅水晶には、今にも泣き出しそうな私がいた。それに呼応して、私の口から紡ぎさだされる言葉も弱々しいものだった。

「…私、ササ姉が家を出てから、寂しくて、悲しくて、堪らなかった。だって、私の側にはいつだって、ササ姉がいたから…。」

うん、うん、と静かに相づちを打つ度に、ササ姉の白い髪もさらさらと揺れる。

「だけれど、もう寂しくはないの…。周りには、みんながいてくれたから。それに、今はイセクだっているし、ね。」

イセクに微笑みかけると、イセクも嬉しそうな表情になった。

「でも、でもね、思ったんだ。私がイセクと出逢った日、ササ姉と再会した日…、

ササ姉が、遠くに旅立ったあの日−…」

ササ姉の瞳が一瞬見開かれ、刹那、白銀に輝く長い睫が伏せられた。

「…うん」

「あの時、私は、"あぁ、またお姉ちゃんがいなくなっちゃった…"って。そして、それと同時にね、"私って何なんだろう"ってことも浮かんできたの。」

そう、私って、何なんだろう。
昔から、ずっとずっと、貴女の背中を追い駆けていた。いつだって私の先にいた。私が過ごした時間は貴女と同じなのに、貴女が過ごした時間は私と違う。

「貴女は貴女でササ姉であって。でも、私は私じゃなくて貴女なんだって。ササ姉がいなくなった跡にはぽっかり穴があいていて、私は、クレハは何処にもいなかったの」

違うよ、と言の葉とともに、白くなめらかな手が頬へと伸びてきた。

「それは違うよ、クレハ」

違うの。
気付けばササ姉は私の隣にいた。そっと肩を抱き寄せられる。

「だって、ね。私の髪は白いけど、クレハの髪は赤いでしょう。私は泳ぎが得意だけれど、クレハは苦手でしょう。私は早起きが苦手だけれど、クレハはいつも早起きでしょう。私は医療のことなんて全く分からないけれども、クレハはとっても知っているでしょう?

どこか消失感を感じるということは、クレハがちゃんといるという証。クレハがいるから、そのなかに私が存在できていたの。クレハは私なんかじゃない。

クレハは、クレハだよ」

「あ…、」

ぽたりと頬を伝った雫。涙が溢れる度に、暗く重かった心も、軽くなってゆく気がした。

あぁ、もしかしたら、ずっと、こんな言葉が欲しかったのかもしれない。たぶん、ずっと、ずっと、昔から。


やっと見つけた。
私はここにいたんだね。


Hello−Hello
(世界はこんなにも)
(鮮やかだった)




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