▽(鉄道) 12/17 21:34 静かに深呼吸をして、辺りをぐるりと見渡す。 「ここに来るの、久しぶりだなぁ…」 ふわりふわりと風がそよぐ景色は、最後にここ―リゾートエリアを訪れた時とそれほど変わってはいなかった。ほら、イセク。あなたの生まれ故郷だよ。私とイセクの出逢いの地、そしてお姉ちゃんとの再会の地。あぁ、あの日から何年たったっけ。 『…クレハ』 そっと目を閉じる。 『………私は、』 月明かりの下で細く柔らかな白糸が、淡く輝いている。 『・・・・・』 ぽたり、雫が頬を伝って手のひらに落ちてゆく。 「クレハ!」 自身を呼ぶ声に現実に引き戻され、弾かれたように顔を上げれば、目の前にはよく知った顔があった。忘れるはずがない− 「久しぶり、ササ姉」 「うん、久しぶり」 ……………………… 「サイコソーダでいい?まぁサイコソーダしかないんだけど。いいよね」 「うん、いいよ。大丈夫」 ことり、とシュワシュワ泡立つソーダで満たされたグラスが置かれる。それにしても、と向かいに座るササ姉が問いかける。 「どうかしたの?クレハらしくない…」 何か悩み事?と覗きこんでくる二対の紅水晶には、今にも泣き出しそうな私がいた。それに呼応して、私の口から紡ぎさだされる言葉も弱々しいものだった。 「…私、ササ姉が家を出てから、寂しくて、悲しくて、堪らなかった。だって、私の側にはいつだって、ササ姉がいたから…。」 うん、うん、と静かに相づちを打つ度に、ササ姉の白い髪もさらさらと揺れる。 「だけれど、もう寂しくはないの…。周りには、みんながいてくれたから。それに、今はイセクだっているし、ね。」 イセクに微笑みかけると、イセクも嬉しそうな表情になった。 「でも、でもね、思ったんだ。私がイセクと出逢った日、ササ姉と再会した日…、 ササ姉が、遠くに旅立ったあの日−…」 ササ姉の瞳が一瞬見開かれ、刹那、白銀に輝く長い睫が伏せられた。 「…うん」 「あの時、私は、"あぁ、またお姉ちゃんがいなくなっちゃった…"って。そして、それと同時にね、"私って何なんだろう"ってことも浮かんできたの。」 そう、私って、何なんだろう。 昔から、ずっとずっと、貴女の背中を追い駆けていた。いつだって私の先にいた。私が過ごした時間は貴女と同じなのに、貴女が過ごした時間は私と違う。 「貴女は貴女でササ姉であって。でも、私は私じゃなくて貴女なんだって。ササ姉がいなくなった跡にはぽっかり穴があいていて、私は、クレハは何処にもいなかったの」 違うよ、と言の葉とともに、白くなめらかな手が頬へと伸びてきた。 「それは違うよ、クレハ」 違うの。 気付けばササ姉は私の隣にいた。そっと肩を抱き寄せられる。 「だって、ね。私の髪は白いけど、クレハの髪は赤いでしょう。私は泳ぎが得意だけれど、クレハは苦手でしょう。私は早起きが苦手だけれど、クレハはいつも早起きでしょう。私は医療のことなんて全く分からないけれども、クレハはとっても知っているでしょう? どこか消失感を感じるということは、クレハがちゃんといるという証。クレハがいるから、そのなかに私が存在できていたの。クレハは私なんかじゃない。 クレハは、クレハだよ」 「あ…、」 ぽたりと頬を伝った雫。涙が溢れる度に、暗く重かった心も、軽くなってゆく気がした。 あぁ、もしかしたら、ずっと、こんな言葉が欲しかったのかもしれない。たぶん、ずっと、ずっと、昔から。 やっと見つけた。 私はここにいたんだね。 Hello−Hello (世界はこんなにも) (鮮やかだった) |