忘れた頃にふらりと娼館に訪れる男がいた。ドンキホーテ・ドフラミンゴ、その名を聞けば誰もが"あの"と戦慄する事だろう。かくゆう私も初めての時はおそるおそるといった調子で彼にお酌をしていた。いつ彼の琴線に触れるか分からない恐怖があったからだ。
ドフラミンゴは実につかみどころのない男で、己の興味の向くまま、といった様子でふらふらしている。もっとも揺るがない彼の価値観に基づいての行動だったが、それを解するには随分時間がかかった。今とてドフラミンゴの全てを理解出来ているかと問われれば答えは…ノーだ。

「よォ、なまえチャン!フフ……遊びに来てやったぜェ?」
「別に頼んでないわよ」
「相変らずの減らず口だ。すぐに塞いでやろうか、フフフフ!!」
「また悪いこと企んでいるでしょ、悪い人」

つつつ、とドフラミンゴの、剥き出しの逞しい胸板を指でなぞる。そうしてご機嫌な彼を屋敷の奥へにある自室へと誘った。
後は書き記すのも野暮というもので。ご無沙汰だったのも相まって、相当無理を強いられた。その反動たるや、昼間まで動けなかった有様だ。
対してドフラミンゴは微塵もそんな素振りが見られず、隣でくつろぎながら「大丈夫か?」と心配されたときにはうっかり誰の所為だと恨めしそうに見てしまった。

「あなたこそ、いつまでもこんなところにいて大丈夫なのかしら」
「フフ、よっぽどおれを追い出したいと見える」
「そ、そんなこと……」

自分でもしまったと思うほど上ずった声が出る。

「なんだ?図星か」

ドフラミンゴは存外つまらなそうに返したが、いつもの笑い声がないだけ不気味だった。サングラスの奥で細まった瞳と視線が絡み合う。彼に悟られぬように細心の注意を払ってきただけに、動揺はいっそう激しかった。耐えかねて顔を逸らし、なまえの方が部屋を後にする。

「おいおい、待ちなよなまえチャン。上客をほっぽいてどこへ行く気だ?」
「だから…帰って、って言ってるでしょう?わたしだってそんなに暇じゃな……!」

当然ドフラミンゴが放っておくはずもない。ずかずかと広い歩幅でなまえの後を追いかけた。構ってられないというオーラを出しながら、さっさとこの男を出口まで誘導してしまおうと娼館の玄関まで来たときだ。一人の男と鉢合わせた。

「ああ、なまえ。ちょうどいい、今迎えをやるところだった」

なまえの姿を見るなりにっこりと微笑んだ男に、ドフラミンゴはすぐさまピンときたらしい。男は身なりからも相当上流階級の人間とすぐさま分かった。ただのなまえの客ではない、あの笑顔の意味はおそらくなまえを買い取ったのだと。
なるほど、ドフラミンゴに知られないようにとしてきた訳が分かる。ドフラミンゴもまさか己の気に入りの女を買い取る馬鹿が現れるとは思っていなかっただけに、一杯食わされた思いだ。しかし、その相手が一国のお貴族様なら納得がいく。

「フッフッフ、そういうことかよなまえチャン…!」
「これで分かったでしょう。帰ってくれるわね、ドフラミンゴ」
「ア〜〜〜、そうしてやりてェところだが、……そいつは出来ねェ相談だ」
「な、なんだ!?」

ドフラミンゴの指がくいっと曲げられただけで、男はくるりと背を向けた。そのまま男が乗って来たと思われる馬車に戻っていく。

「ドフラミンゴ、あ、あなた!」
「悪いなァ、海賊っていうのは欲しいものを奪うものなんだぜ?」

口では謝りながらも、悪びれた様子はまるで見られない。どこまでもふざけた彼の態度に呆れたが、それでこそ、という気持ちもある。

「おれとしたことが、もっと早くに手を打っておくべきだった」
「えっ、ちょっと、や!」

唐突に浮遊感が襲った。俵のように担ぎ上げられる。慌てた支配人がドフラミンゴに声をかけたが聞く耳を持たない。ドフラミンゴならなまえを買い取るベリーなどいくらでももっているだろうに、敢えて支払わずに悠々と奪い去った。もう二度と彼はその娼館に、世話にならぬという意思表示からか。
そのまま彼の船の一室に案内される。

「これで晴れてなまえチャンは自由だ、と言ってやりてェところだが。今度からはおれが支配者だ。せいぜい楽しませてくれよ?」
「……しょうのない人ね。いいわ、喜んで」

どこかで彼の物になれたら、と思っていたところがあったのかもしれない。拒否権のないドフラミンゴの申し出になまえは微笑んだ。


(120501)

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -