※少々下品


「大変、なまえ、なまえったら!」
「……なあに?」

騒々しく人の名前を呼びながら、少女が顔を出す。それとは対照的になまえは暢気に返事をした。なぜなら彼女の大変はいつだって大変ではないからだ。今度もまたその類であろうと高を括って、なまえは耳半分に目の前に詰まれた大量の食器を丁寧に洗っていく。
なまえは港近くに構えている宿屋の、いわば看板娘のようなものだった。時折船乗り達が立ち寄っては陽気に笑いあう、こじんまりながらも賑わった店がなまえは好きだ。だからこそ。

「フッフッフ!!嬢ちゃん、酒はあるかァ?」
「……ええ」

その平穏を乱そうとする海賊はだいっきらいだ。

少女がもたらした"大変"は王下七武海、ドンキホーテ・ドフラミンゴの来報であった。グランドラインの中でもこの小さな島に何だって七武海が訪れたのか。
それこそなまえのような市民にとっては知る由もない事だが、例え王下といえど彼らは根っからの海賊。今まで海賊によって店だけではなく、島が被ってきた害悪は決して軽いものではない。自然、警戒心が勝る。

「ここはログポースがどれくらいで溜まる?」
「ざっと二日から三日というところでしょうね」
「そうかい。……随分と退屈しそうな島だ」

行儀悪くもテーブルに腰掛けたままドフラミンゴは酒瓶を片手にぼやいた。もっとも彼の(おそらく一丈はある)巨大な体躯では椅子に座れないのも道理であろう。おそらくそのまま立てば天井にだってつきそうなほどである。
なまえは一切聞こえないふりをして、新たに注文された酒を運んだ。極力関わりをもって面倒事を抱え込みたくないのがなまえの本音だ。だが、それも通用しないのかドフラミンゴは無慈悲にもなまえの腕を掴んだ。

「なァ、嬢ちゃん。どうだいおれの相手でもしてくれねェか?フフフフ!!」

意味を図りかねてなまえはドフラミンゴを見上げるという愚行を犯してしまった。途端に腕をきつく引き上げられて、乱暴な口付けが贈られる。どういう意味で相手をしてくれ、とドフラミンゴが言ったのかもう分かってしまった。
文字通り舌なめずりする野卑な男の頬を、なまえはあらん限りの力でひっぱたいてやる。

「発情期みたいに盛ってんじゃねーよ、海のクズ。そんなに相手が欲しけりゃ、娼館なりなんなり行けば?もっともアンタのデカブツが入るよーな女性がいればの話だけど」

これ以上出すものはないとでもいいたげに、彼の目の前に酒瓶を叩きつけるように置いてやった。どうだと言わんばかりになまえは少しすっきりとした表情で、テーブルの上に腕組みをしながら立ち、ドフラミンゴを見下ろした。
我ながら自棄に走ったと思わないでもないが、もはや後の祭。どうにでもなれという心持でドフラミンゴの反応を待った。

「……フッフッフッフ!!!!なんつーことをでけえ声で言う女だ!!」
「言っておくけど、仕掛けたのはアンタの方だからね」
「命知らずもいいところだが、そういうのは嫌いじゃねェ。嬢ちゃん、名前は?」
「なまえよ。分かったらさっさと出て行ってくれるかしら。酔っ払いを相手にしているほどこっちも暇じゃないの」
「おーおー言ってくれる!こちとら客だぜ?ほらよ」

ドフラミンゴは懐から無造作に札束をテーブルに投げつけた。

「……なに」
「アンタの一日をおれによこしな」
「さっきの話聞いてた?」
「あァ。意地でも落としたくなったぜ。フフ!その鉄壁の股ぐらにぶち込んでひーひー言わせてやる」
「あいにくこれっぽっちで買えるほど、安くありませんの。でも、ま、乙女のキスを無粋に奪った贖罪には頂いておくわ」
「……フフフフ、こうでなくちゃな。腕が鳴るじゃねェの…!」

ギラギラとしたサングラスの奥の瞳が、愉快そうに笑っているのが見えるかのようだ。とんでもない男を引っ掛けてしまった自分の運のなさをなまえは嘆いた。

「よろしくなァ、なまえチャン」

隣で笑う、悪魔が囁く。


(120424)

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