今日初めて会ったにも関わらず、男は実に羽振りが良かった。小洒落た黒スーツに身を纏っており、ラテン系の手合いらしい口説き文句を並べ立てる。その後、某有名ブランドの棚買い、三ツ星レストランでの食事、最後には高級ホテルのキーをチラつかせた男の誘いに乗り、スイートルームのベッドに横たわった。
 ここまでは男にとっても、なまえにとっても、順調であったのだ。
 しかし、なまえは口付けをしようとする男の唇にそっと人差し指を押し当てて、ゆるりと彼を後退させる。

「おかしいわ」

 なまえの言葉に、怪訝そうな表情を浮かべた男は眉を顰めた。

「ここまで来たのに、分からないのよ。いったいどうしたら……あら、アナタ。待って、それは?」

 男の胸元が肌蹴ていることによって、ようやっと視界に入ったものだった。ネックレスチェーンに通されたリングに目を奪われる。全てに合点が言ったようになまえは微笑んだ。徐になまえは上半身を起こす。その一連の動作に、男は戸惑いを隠しきれずにいた。

「君は、さっきから何を言っているんだい」
「ねえ……そのジュエリーはどうしたの」
「は?」
「どうたの、って聞いているのよ」

 先に断っておこう。この男は堅気ではない、イタリアンマフィアである。だというのに、男はなまえの動作に目が追いつかず、額に銃口を据えられるまで何が起きたか理解出来なかった。繰り返すようだが、今日初めて会った名前も知らないただの女に後れを取ったのである。
 一転して、男は青ざめた口調でなまえを責め立てたと思えば命乞いを始めたり、話の脈絡がない。うっとおしい男の騒ぎ立てる声に、なまえはうんざりと目を細めた。

「死にたいの?」

 途端に、男は訳も分からずに質問の答えを述べた。
 リングは先日ボンゴレ主催のパーティーで独立暗殺部隊のS・スクアーロから頂戴したものだと。元々このようにチェーンに通されたもので、しばらく肌身離さず持つようにと指示されたという。
 なまえは予想通りといった様子で、さして驚きもしなかった。その代わり、至極嬉しそうにトリガーを引いてやる。
 銃声と共に、男はベッドに突っ伏した。じわりじわりと脳に空いた風穴から鮮血が白いシーツを染め上げてゆく。なまえは満足そうに見やってから、ドアの方に目を向ける。

「趣味が悪いことね、ボスさん」
「何のことだ?」

 白々しい言葉と悪い笑みをして、XANXUSは殺人現場に足を踏み入れた。

「突然Dランクの任務を押し付けるもんだもの。何かと思っていたら……。これ、私が欲しがっていたリングじゃない」

 既に凝固し始めた蘇芳色の塊から、ひときわ美しい猩猩緋(しょうじょうひ)の珠玉が嵌められたジュエリーを拾い上げる。

「フン、施しだ」
「……どういう渡し方よ、普通にあげられないの」
「それじゃあつまらねえだろ」

 呆れた思考回路にため息をつきつつも、ある意味XANXUSらしいと思わずにはいられなかった。ボンゴレ10代目候補とのリング対決も、育て親に対して随分皮肉を利かせた計らいをするものだと、尊敬と畏怖交じりに思ったものだ。
 ルッスーリアが零した、身も心汚い集団という言葉は強ち間違ってはいない。でも、そこがカッコイイのだとなまえは考える。XANXUSに言わせれば、綺麗なだけではつまらねえ、だ。

「私がこれを欲しいと言ったのは、何故だと思う?」
「さァな……それより、さっさとここを出るぞ。血水が鼻につく」

 はぐらかすように、XANXUSは背中を見せた。超直感はないにしろ、勘のよい彼のことだ。おそらく理由があらかた想像がついているのだろう。
 冷え冷えとした廊下を歩きながら、なまえはなおもXANXUSに語りかける。

「それはね、この猩猩緋がボスの瞳と似ているから」
「そうかよ。……そんなくだらねえカスの為に、お膳立てしてやったんだ。それなりの用意はしているんだろうなァ?」
「あら、私は言われた通りの任務を遂行し、報酬のリングを手に入れたのよ。これ以上、ボスが望むことは不当請求というものだわ」
「計算高い女は嫌われるぞ」
「あほな子が好きなら、どうぞ」
「……分かってんだろ」
「ちゃんと、口にしてくれなきゃ伝わらないものもあるのよ」

 カツカツと大理石を踏みしめていた足音が途絶えた。渋々といった様子で、XANXUSはこちらを振り向く。

「おまえが、欲しい」

 その台詞を待っていたとばかりになまえはXANXUSに抱きついた。


(130325) for.colorful

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