靴の歩く音が吸い込まれる絨毯の上、なまえは豪華な調度品が揃う部屋に似つかわしくなく、猫じゃらしを構えていた。部屋のど真ん中で主のように居座るベスターの前に仁王立ちする。
「……」
無言の攻防が行われた。なまえはごく真面目に、真剣に、猫じゃらしを振るう。それに対しベスターは体も、首も、目すら動かない。ひたすらになまえをじっと睨む。
その様子をザンザスは胡乱げに見つめていた。勿論、仕事をしている手は休めない。
「…テメェはいったい何をやっているんだ?」
無言とはいえさすがに気が散るのか、ザンザスはとうとう疑問を口にした。
「見て分からないんですか!?戯れているんです!!」
「俺にはどう考えても、食べられる前の必死な抵抗にしか見えねえが」
「ちちちちがいます」
全力で否定してみたものの、そう言われてみると、ベスターのつぶらな目はまさしく狩人のそれではないか。これは目を逸らした途端に首筋へ噛み付いてくるというフリなのだろうか。ますます引くに引けない状況に陥る。
硬直した状態で睨めっこの一人と一匹を見るに見かねたザンザスは、一言ベスターの名前を呼んだ。答えるように、ベスターは匣の中に戻る。力が抜けたようになまえはへたりと座り込んだ。
これでようやく仕事に集中できるとばかりに、ザンザスは机に向き直る。
「ザンザス…」
「なんだ」
「間違いなくベスターはザンザスのだね」
「あ?何当たり前なこと言ってやがる」
「だってベスターの目が『このカス!』って物語っていたもん…」
「そりゃ、てめーがカスだからだ」
「ほら、似てる」
冷たい対応にもめげずにザンザスの側へ駆け寄ったなまえは、ひょいと書類を覗き込む。綺麗なイタリア語がつらつらと並べてあって、眠気を誘うようだ。ふあ、と知らず知らずに欠伸をひとつ。目ざとく見つけたザンザスがなまえの額をデコピンする。
「そんなに眠いなら寝室に行け」
「ん、でもまだザンザスといたい」
「……」
「やっぱり仕事の邪魔…?その、だったら出てくね」
「勝手に解釈するな。そう思っていたら最初から追い出している」
ザンザスは自身の署名を乱雑に書き入れると、これで終わりだとばかりに立ち上がった。ちなみにまだ机の上には書類が山積している。
「寝室に行くぞ」
「えっ?でもまだ終わってないんじゃ……」
ザンザスに強い力で腕を引っ張られ、なまえは困惑気味に呟く。だが、振り返ったザンザスの表情を見て言葉が出なくなった。
「ふふ、やっぱり似てるね」
「何のことだ?」
「なんでもなーい」
真紅の瞳は、ベスターが見せた狩人の目、そのものだった。
(130109)
実はベスターばっかり構っていて寂しかったのはザンザスってオチ