テラスは閑散としており、涼やかだった。ほっと一息つくように、なまえは大胆にも手すりに腰掛ける。呆れ顔でザンザスは、せめて間違っても落ちないようになまえの手を握る。

「落ちるなよ」
「あら、てっきりドレスの心配をするかと思ったわ」
「そんなもの、いくらでも替えは効くだろ。また買ってやる」

ザンザスの頼もしい言葉になまえはますます頬を赤らめた。これはきっと先ほど飲んだお酒のせいだわ、とぱたぱた手で扇ぐ。勿論、ザンザスはそんななまえの虚勢などお見通しだ。
ふっ、と優しげな表情でザンザスが笑うものだから、なまえの鼓動は早鐘のように打ち付ける。ザンザスは視線をそらさずにそっと顔を近づけた。きっと、きっといつものように尊大な態度で馬鹿にする腹の冗談かと思い、なまえは挑戦を受けるようにじっと睨む。
ところがなまえの予想は意に反して外れた。ちゅ、とリップ音がしそうな押し付けるキスが離れる。

「目くらい閉じろ、雰囲気のねえやつ」
「な、だって……本当にするとは思わないじゃない!」
「おまえの百面相は見てて飽きねえ」
「……やっぱり馬鹿にしてる?」
「どうだかな。それより、これが終わったら、」

ザンザスは言いかけて、急に口を閉ざしてしまった。眉間に皺が寄り、厳しい顔つきになる。どうしたの、なまえもそう呼びかけようとしたがとても話し出せる空気ではなかった。
唐突に、破壊音と共にガラス窓が全て割れる。ザンザスの行動はマフィアらしく、素早い。すぐさまなまえを横抱きに建物から距離を取って、中庭に着地する。バラバラと大きなガラスの破片が、元いた場所に落下していった。それを見てなまえはぞっとする。もしもあの場所にいたままならば、今頃自分は血まみれだっただろう。

「ボス!」

以前ザンザスに物を投げつけられていたスクアーロという男が建物内から出てきた。すぐにザンザスとなまえの姿を見つけて、無事なことに安堵した表情を見せる。しかし、まだ油断は出来ない。このボンゴレ主催のパーティーにおいて、いったいどこのマフィアがこのテロ行為に及んだのが、二人は鋭く目を光らせた。

「そこだぁああ"あ"!!!」

スクアーロの左腕である剣(つるぎ)が中庭の木立に切り込んだ。小さな断末魔がなまえの耳に入る。間接的であれ殺人の現場に居合わせて、恐怖を持たないほうがおかしいだろう。

「……チッ」

腕の中で震えるなまえの様子に、ザンザスは敵への苛立ちを隠せなかった。おそらくまだ数人はこの中庭に潜んでいる。

「ザ、ザンザス?」
「ここにいろ」

テラスに駆け寄ってきた九代目の側が、気に入らないもののおそらく一番安全であろう。ザンザスはなまえを預けて、手に光球を宿した。夜も更けていると言うのに、一瞬で外が明るくなるほどの光が中庭を包む。

「かっ消えろ!!」

草、茂み、木々、全てが黒服の男とともに燃え散る。その火影に、消し炭となる瞬間の男たちを見て、なまえは慌てて視界と聴覚を消し去った。平常心でいられる周りの屈強なマフィアたちが信じられない。
怖い、というよりは気持ち悪い、おぞましい。ブラウン管越しに見るB級映画のスプラッタなら、この程度笑って済ませられるだろうに。しばらく夢にうなされそうな光景だ。
例に漏れずザンザスは涼しげな顔で、ゴミ掃除は済んだとばかりにこちらへ戻ってくる。

「情けねえな、腰でも抜かしたか」

へたりと座り込んでいるなまえをからかうように笑う。まるで、何もなかったかのような、その表情にいくらかなまえは安心して、引きつりながらも笑みを返した。

「歩くと怪我するからな、背負ってやる。立てるか?」

何気なく差し出された手だった。悪意ではない、むしろ善意から来るものだというのに。目に焼きついた憤怒の炎がフラッシュバックした。
パシン、と気づけばその手をなまえは振り払っている。なまえも、ザンザスも互いに驚いた様子を隠せなかった。

「あ……」

ごめん、と再び手を取ろうとしたが、それよりも先にザンザスの手が引っ込められる。

「……興ざめだ」

背筋が凍るほどの、低い声と詰めたい視線を受けた。暗い闇に生きていた男が始めて見せた敵意。ザンザスはそれから一瞥することもなく背を向ける。
なまえは、―――追いかけることが出来なかった。


(130110)

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -