しばらくはこのヴァリアーの居城に軟禁という形になった。来るべき時まで待て、とザンザスは言うがそれはいったいいつなのだろう。問いかけても満足な答えは返ってこず、退屈を持て余すことになる。

最初こそ広大な屋敷に胸をはずませてうろうろと彷徨ったが、次第に延々と同じ景色が続くばかりの廊下に飽きてきた。一級品と思わせるものがそこかしこに散りばめられていて、何気なく置かれている陶器だって考えもつかないほどの値段がつくに違いない。が、彼らの日常茶飯事らしい暴力によって多くの危機に瀕していた。時にはベルという少年の的になり、時にはザンザスがひっつかんで銀髪の男、スクアーロに投げたり。
そう、とにかくここでの生活は思ったよりも騒々しい。改めて思うまでもなく、すぐそばに人殺しを生業とするマフィアがいることはなにより一般人のなまえにとって恐ろしいとしか言いようが無い。
なるべく距離を取って、息を潜めるように過していた。意外なことに彼らはなまえに対して興味津々ではあったものの、向こうも不用意にこちらへ近づくことは無かった。たまに鉢合わせればじろじろと見てくるばかりで、何も仕掛けては来ない。かえってそれが怖いと思っていたなまえだが、今では大分慣れてきた。だからこそ、退屈なのだ。刺激が何らない日常というのも困りもの。

「うーん、読めない」

せっかくイタリアにいるのだからと頼んだイタリア語のテキストを広げる。今日は天気もよく、密かに憩いの場とした中庭の、噴水の縁(へり)に腰をかける。温かい日差しと地中海のからっとした空気が心地いい。

「何をしている?」

ふっと本に影が映りこんだ。シルエットからして間違いない、ザンザスだ。

「イタリア語、少しでも知りたいなあと思って」
「そりゃ殊勝なこった」

すぐに興味を失せたようで、ザンザスはそのまま隣に座る。かと思えば人の膝を枕に、寝息を立て始めた。自由か。思わず突っ込みたくなるところをこらえて、再び本に目を落とす。
こうしてそれとなくザンザスはなまえの様子を見に来る。一見がさつで乱暴にしか見えないが、なにしろボスを戴く男だ。視野は広く、かつ気配りが出来る。自分の性格もよく分かっているのだろう、敵はもちろんのこと部下の動向に目を走らせておくことも忘れない。それがこの数日、なまえが観察して分かったザンザスの人物評だった。
凶暴な面が目立ちがちだが、見ていれば分かる。もっともこの男自身すらもしや意識してないことかもしれない。本能のままに生きている。それが天性、この男に備わった才覚だ。
ふ、とザンザスに視線を移すと、マフィアとは思えないほど油断しきって寝ていた。そういえば、彼を起こすには骨が折れると使用人が噂しているのを耳にしたことがある。一度寝始めたらなかなか起きず、むしろ起こしに来た者を憤怒の炎で燃やしかねないとか。彼がお腹を空かせて起きるのを待つしかない、と。

「……少しだけなら」

この状況の仕返しとばかりに、でこぴんでもしてやろうと手を近づけた。が、彼の顔を覗きこんでしまったのがいけない。荒々しくも整ったラテン系の男は、起こすことも憚られるほどに美しかった。男性にこのような表現は似つかわしくないように思えたが、まるで彫刻美術作品に匹敵しうるような…思わず見入ってしまう美しさだ。
世の中不公平だわ、と振り返って水に映る自分の顔見て、しげしげと不満に思った。

「あぁ?」
「え、ちょ……わっ!」

上体を捻ったばかりに、わずかな振動がなぜか彼を呼び覚ましてしまったらしい。か、簡単に起きないんじゃなかったのか!と文句を言う前に、彼が突然動いたことによってなまえは違和感に気づいた。長時間彼の頭を膝に許していた所為で、完璧に足が痺れてしまっている。その上で動かれたのではたまったものではない。痛い、というか、じんわりとした痺れに体のバランスが崩れる。

「! おい!!」

助け起こそうとしたザンザスの手をなまえは掴むも、そのまま二人はなんと噴水の中に落ちた。飛沫をあげて水中に体が投げ出される。
なにしろ、重ねて言うが突然のことと足の痺れによって引き起こされたのだから、なまえの慌てぶりは尋常じゃなかった。空気を、とザンザスにしがみ付く。ザンザスもザンザスで、寝起きだったために思考が追いつかずに、彼にしては珍しく暴れた。が、もちろん冷静になるのも早い。

「……よく見やがれ!」
「へ?」

彼に促されて、途端になまえは我に返った。はたと自分の置かれた状況に気づく。浅い。当然ながら噴水の水は非常に浅い。溺れようがないのだ。
無我夢中で彼にしがみついていたものだから、お互いの距離も実に近い。誰かが一歩押せばまず間違いなく唇が触れ合うだろう。なまえはすぐに彼を開放した。

「…す、すみません…取り乱して。ああ!そうだ服が…」
「構わねえ。どうせ今日は着替える予定だった」
「は?」
「来るべき時が来たってわけだ」

謎めいた言葉を残してザンザスはなまえの腕を引っ張った。胸に抱えなおして、ひょいと担ぐ。
生れてこの方、お姫様抱っこなどまやかしにすぎないと思っていただけにその衝撃は大きい。一見するとザンザスは細い体躯だが、考えてもみたらゆうに180センチは超える。彼のマフィアとしての腕も考えれば出来て当たり前のことだろう。だからこそさも自然にやられたものだから、なまえはますます恥らった。使用人の突き刺さる視線を俯いて避けながら、早く目的地に着かないかとなまえは気を揉んだ。


(120314)

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