「あれが二代目剣帝?随分優男だけど」
油断するなよ、と通信機の向こう側にいる依頼者(クライアント)が喉で笑った。素人じゃあるまいし、誰が、と心の中で吐き捨てる。仮にも剣帝テュールを倒し、かつボンゴレ独立暗殺部隊ヴァリアーのボスになり得る力を持っていた男だ。その彼を暗殺しようというものだから、相当念入りに準備を重ねなければならない。
正直に言えば、彼を倒せる技量を持ち合わせているとは思っていない。誰もがスペルビ・スクアーロと言えば、怖気づくほど彼の名前は知れ渡っていた。私とて、その例外ではない。出来ることならば自分の命かわいさに断るところだったが、それを思いなおしたのは…浅からぬ因縁によるものだ。
マフィア候補生養成学校、直接顔を合わせたことすらないものの、スクアーロとは同期生である。異彩を放ち、持て囃されたスペルビと違って、弱小マフィアの一人娘である私の成績といえばいまいちの一言に尽きる。次期ボスとして期待されているだけに、多大なプレッシャーに押しつぶされそうだった当時。
彼を殺して私の名を知らしめる。ただそれだけ。
「やってやるわよ…、見てなさい」
このために新調した狙撃銃の見せ所。幸いヴァリアーの居城は森林に囲まれており、実に隠れやすい上、警備はザルだ。答えは簡単、なにしろ彼ら自身が強すぎるエリート集団であるから。やつらは己の腕を過信しすぎている。
狙いの的をアクアーロの眉間に定めた。彼はどうやらヴァリアーのボスと思わしき男と対談している。穏やかな様子ではなかったが、さして問題は無い。ただこの引き金を引いてしまえば終わりだ。
「!」
そう、終わりのはずだった。わずかに漏れた殺気を感じとったとでもいうのか?引き金を放った瞬間に、彼はこちらを見て、弾丸の軌道を読み、かわしたのだ。
信じられない。信じられないが、これがヴァリアークオリティか。内心激しく動揺しながらも、即座に次の射撃へと移る。しかし、スクアーロはガラスを破り、とてつもない勢いでこちらへ近づいていた。獰猛な鮫が貪欲に血を求めるように。ライフルからショットガンに持ち替えて迎撃するも、全て避けられてしまう。
「う"ぉぉおい!!!どこの者だぁ!?」
鼓膜が破れるかと思うほど、大きな声。
「なにそれ、威嚇のつもり?」
こちらの得物は遠距離を得意とするだけに、何とか間合いを取ろうとするが、スクアーロは直ぐに懐へ入ってくる。あ、と思った時にはもう遅い。銃身が義手である剣によって真っ二つにされていた。
「お気に入りだった、のに!!」
「知るかぁぁあ"あ"!!とっとと三枚におろしてやるぜぇぇえ!」
すかさず懐から予備の銃を出して応戦するが、彼がこれ以上近づかないように予防線を張るだけで精一杯だ。弾もすぐに尽き、移動しながら充填する。
好戦的な性格と聞いてはいたが、予想以上の粘りを見せるわ、と恐々後ろを振り返ると、舌なめずりする獣そのもので足が竦みそうになった。
(とんでもない男を相手にしちゃったかも…)
後悔しても既に遅い。こうなったら、とっておきをお見舞いしてやる。ここまで追い込まれるとは思っていなかったが、念のためにと用意しておきよかった。茂みに隠しておいたマシンガンを取り出す。
「もー、さっさと死んでよね!」
やや自暴自棄になりながらも、スクアーロ目掛けて乱射する。さすがに不意をつかれたのか、スクアーロの顔に初めて真剣さが移った。い、今までは遊んでいたってことかしら。俊敏にかわしていくが、ショットガンと違い、早々に弾など切れない。なんてったってありったけの弾を装填してある。
「チッ、冗談じゃねえぞぉぉおお!!!」
「えっ ちょ、なに」
スクアーロが何か小さな箱を開ける仕草を取る。かと思えば、勢いよく鮫(だろうか)が飛び出した。それと共に天上からバケツをひっくり返したように雨が落ちる。服もびしょぬれ、もちろん自慢のマシンガンもびしょぬれ。到底使いものにならない。
(そういえば雨の守護者とかデータにあったけど…え、こういうことなの?)
呆然と、空を悠々と泳ぐ鮫を見上げる。
「ったく、手間かけさせやがって」
ぬかるんだ土の上を歩いてきたスクアーロがぐいと私の腕を引っ張った。もはや抵抗する気も失せる。完全なる敗北だ。死んだな、私。儚い命だったと、がっくりと項垂れた。
「なんだぁ、もう抵抗しないのか……っ!!!!」
「……なに?」
いっそやるならやるで一思いにと、恨みがましくスクアーロを睨む。近くで見たスペルビ・スクアーロは思っていたよりも随分整った顔をしていた。銀色の長い髪に隠れていたことと、殺気のせいで凶悪に映っていたため、今更ながらそのギャップに驚いた。思わず見惚れてしまったが、相手も食い入るようにこちらを見ている。
「あの、恥ずかしいんですけど」
「いや……まさかこんなところで会うとは思ってもみなかった」
「え?」
「なまえだろ、同期の」
「なんで知って」
「そりゃ…おまえ……だって、なぁ」
要領を得ない言葉に疑問符を浮かべるが、なおのこと身の危険が迫っているようだ。身元まで割れているとは、もはや生きてお天道様を見ることも叶わないだろう。いつの間にか離されている手から一歩下がって、その場に正座をする。
「切るならさっさとやってください。三枚より二枚がいいです」
「……あのなぁ…、チッ めんどくせぇ」
スクアーロの影が落とされる。いよいよかと手を合わせたところで、体が突然すくいあげられた。
「ひっ!?なに、なになに!?!?」
「暴れるんじゃねえ!!」
「落下死はいやーーー!!!」
「うるせぇぇええ!!俺は、てめえに惚れてんだ!!!」
「うるさいのはアンタだよ って……はあああ!?」
「今日から俺の女だ。文句は言わせねぇぞぉお"お"!!」
「ええっ!?」
何が何だか分からないままに、ヴァリアーまで連行される。スクアーロは怒声と共に、次々とドアを乱暴に開けていき、おそらく彼の私室と思われる部屋にたどり着いた。軽々となまえの体をベッドに放り投げて、スクアーロはその上にのっしりと覆いかぶさる。彼の影が落ちた。
「…ちょお……、お、落ち着きましょう、ね?あのー」
「いーから、黙れ!!」
到底先程まで殺し合いをしていた相手とは思えない豹変振りだが、殺気こそないものの、ぎらぎらとした瞳は鮫を思わせる。も、もしかして、私食べられちゃうの?近づいてくる綺麗な顔を避けようと、胸に手をあててもびくともしない。
(うそ、まっ……)
ガツン
鈍い音がして、スクアーロは目標を逸れて顔の隣にどさりと落ちる。後ろには彼の上をいく凶悪なまでに恐ろしい形相をした男。間違いない、ヴァリアーのボス、ザンザスだ。そろりと視線を動かすと、スクアーロの頭部にはガラスの破片が…え、これ死んでない?
ザンザスはそのまま満足したように出て行った。割ったガラスの後処理をしておけということなんだろうか。
「ええと、スクアーロ、その、手伝うよ」
「……わりぃなぁ」
(120313)
お誕生日おめでとう愛しきカスザメ