「おい、誰だテメェ」

じろりと睨む真紅の双睡にわたしは一瞬にして自身の過ちを悟った。
大学四年生にして就職活動に希望が見出せなかった時に、母から魅惑的な相談を持ちかけられた。一般家庭にしては羽振りがよく、人脈の広い両親。そのツテを生かして、お見合いをしないかと尋ねられたのだ。なるほど働きたくないならば家庭に入るという手段はまさに目から鱗で、疲れきっていたわたしにはあまりにも魅力的だった。ひとつ返事で頷くとさっそく振袖姿に仕立てられ、タクシーにせっせと乗れられて、立派なホテルに着いた。えっ今日なの!?という驚く暇もなく、顔も知らない見合い相手と対面させられることになった。
極度の緊張と成れない振袖の締め付けから急に気持ち悪くなって、すぐに追いつくからとトイレにより、言われた部屋番号を訪ねたら… これである。

(だ、誰って…いやお互い名前を知らないのも無理はないけどちょっと言い方があるもんじゃないの!?)

よく見ると整った顔立ちに、日本では見かけないほど高身長、がっしりと鍛え抜かれた体。モデルのようにかっこいいのだが、いかんせん柄が悪い。眉間には皺を寄せて、品定めするようにじろじろと見てくる。体格差故に見下ろされているものだから、ますますもって怖い。とにかく怖い。もしかしてヤクザとかその類の関係者だったらどうしようと冷や汗が流れる。母親の紹介に限ってそれはないと信じているのだが…それにしても、わたしとこの男以外誰もいないというのがまた心細かった。いったいどこにいったのだろう。本来なら仲人を介してから後は若いお二人で、という流れではないのだろうか。

「なまえと言いますが…あ、貴方は…」
「……あ?」

素直に誰だと聞かれたから名乗っただけなのに、再びドスの聞いた声で睨まれた。もうなんなの、わたし帰りたい!!いたたまれなくなって俯くとひどく居心地の悪い沈黙が流れる。

「ぶ…」
「?」
「ぶはっ、こいつァ傑作だ!!」

しばしの後に男は急に笑い出した。それも豪快に。え、なんで笑われているんだろう。男の変化についていけずに首を傾げる。

「ふはは、とんだ女が見合い相手に来たもんだぜ!」
「な、なに…」

あざけ笑うかのように凶悪な顔だが、瞳は面白い玩具を見つけた子供のようだった。冷酷なイメージしかなかった男の意外な一面に触れて混乱するばかりである。
と、そこでガチャリと後ろのドアが開いた。

「!」

振り向くと、こちらもきれいな正装姿のお姉さんがいる。彼女は一瞬ぎょっとして、来たときのわたしと同じように固まったがすぐに適応した。

「ザンザス、これはいったいどういうことなの?この娘は誰」
「えっ…えっと」

彼女の少しつり目な瞳がじっとこちらに注がれる。それはまったくこちらの台詞で、突然乱入してきた女性に心当たりが無く、しどろもどろになる。というかこの男の人の名前ってザンザスっていうのか…外人さんだろうか。この女性とザンザスさんの関係が見えずに圧倒されてしまう。

「俺の見合い相手だそうだ」
「は…?」

なおもニヒルな笑みを浮かべて、ザンザスさんはここで初めてわたしのほうに歩みよった。女性は怪訝な表情でわたしたち二人を交互に見ると、何か合点がいったような顔をしてから鼻で笑った。

「おふざけもほどほどにしてくださるかしら…、今日はザンザスと私の見合いのはずでしょう。このちんちくりんな女が何処かから迷い込んできたのか知らないけど…貴女、さっさと消えてくださる?」

女の捲くし立てる言葉が半分も理解出来ずに、何を言っているのだろうと不思議に思った。だってこの人がザンザスさんの見合い相手なら、わたしはいったい誰と見合いに来たというのだ。あれ、もしかしてザンザスさんは二人も見合い相手がいたとか。訳が分からずにザンザスさんに尋ねようとしたところ、再び訪問者が現れる。

「いたわ!こんなところにもうっ」

なんと母親だった。ようやくこの状況に救いの手が、と思って安堵した瞬間、母親に手をむんずと掴まれた。

「まったくこの子は筋金入りの方向音痴なんだから。遅いからまさかと思って来てみたら案の定人様の見合いに突っ込んで!」
「え?………え??」
「あなたの見合い相手がとっくに痺れを切らして待ってらっしゃるわよ!!」
「じゃあ、もしかして」

ザンザスさんとこの女の人が実のところお見合いをする予定で、わたしが途中で割り入ってしまったということか。全てが氷解したら自分の行動がいかに恐ろしい過ちだったか、血の気が引いてきた。この女性が怒るのも無理はないし、ザンザスさんに笑われるのももっともである。じゃあ、最初の誰だ、とはこういうことだったのか。

「す、すみませ…」
「おい。だったらこの女をそっちにやれ」

謝ろうとした言葉を遮ってザンザスさんが女性の腕を掴んで、母親に投げてよこした。その代わりにわたしをザンザスさんが引き寄せる。不可解な行動に疑問符を浮かべて、わたしと女性はザンザスさんの顔を覗きこんだ。

「そっちの見合い相手のファミリーに伝えとけ。ヴァリアーのザンザスがこの女を所望したとな」

ザンザスがそう言い放つと、母親が突然改まった態度になる。

「分かりました。……世間知らずの娘ですがよろしくお願いします」

なおも女性のほうは納得が行かないという顔をしていたが、ザンザスの睨みに根負けをして下がった。二人だけがまた部屋に残される。

「あの、すみませんでした、お見合いを台無しにしてしまって」
「構わねぇ。思わぬ収穫を得られたからな」
「……それってどういう?それにヴァリアーってなんですか」
「世間知らずっていうのは本当らしいな。仮にもボンゴレ傘下ファミリーの長女だろうが」
「ボ、ボンゴレ?ファミリー??」
「マフィア組織の中でも最も権威のある存在だ」
「マフィア!?」
「どうやらテメェには知られまいと温室育ちにしたようだな。ふん…兄は確かファミリーを継いでいたからな、娘にはその業を負わせたくなかったとみえる。見合い相手もどこぞのファミリーの三男かそこらだろ」

確かに父にも兄にも仕事について尋ねるとなかなか的を得た回答が返ってきたことがない。特に興味も無かったものだから深く詮索したことはなかったが、そのような事情があるとは思ってもみなかった。

「じゃあヴァリアーっていうのは」
「ボンゴレの独立暗殺機関だ」
「ザンザスさんは殺し屋さんなの…?」
「ああ、その頂点に君臨する、な」

さも己を誇る言動に微塵も後ろめたさがない。その自信はどこからくるのだろうと思うほどに。か、かっこいい…最初から思ってはいたけど、何か惹きつける魅力が彼にはある。いや、人を服従させてしまうようなボスとしての素質かカリスマ性か。

「なまえと言ったな、俺の後ろを付いて来れるか?」

まるで付いて来いと言わんばかりの笑みを向けられて、思わず力強く頷いてしまった。しかしその答えが返ってくることを予測していたかのように当然だとばかりにザンザスさんは受け取った。

「エスコートくらいはしてやる」

差し出されたては大きくて、傷だらけで、壮絶な彼の過去が垣間見える。けれど一度決めたことに後悔はするまい。わたしはそっとその手を取った。


(120123)

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