「お待たせ……、あれ。もしかして…スケッチ、してたの?」

アサキさんに声をかけられ、はっと意識が現実に戻ってきた。ミミロルはもうどこかに行ってしまっていて、着色されていない絵の中のミミロルも寂しげに俺から目を逸らしている、ように見えた。こんなの駄目だとすぐにスケッチブックを隠す。しかしアサキさんの目は何か言いたげで。この絵を見るまでもなく、アサキさんは多分察している。

「アサキさん、俺…」

力無く、ぽつりと呟くが、言葉が続かない。ちょっとの沈黙の後、アサキさんが落ち着ける場所で話そうかと誘ってくれた。年の差はちょっとのはずなのに、俺よりもずっと大人なアサキさん。俺は黙って頷いて、アサキさんの一歩後ろを歩いた。



着いた先は小さなカフェ。そういえばうっすらと、だれかから聞いたような覚えがあるが、最近はこういう場所に来るような気分じゃなかったから、初めて来た。入ってみれば、メイド姿のお姉さんの飛び切りの笑顔が迎えてくれて、自然と頬が緩むのはもう整理現象だから仕方ない。落ち込んでたって、綺麗なお姉さんを前にして口を開けば、ぺらぺらと勝手に口説き言葉が飛び出すのが俺なのだ。

「モーモーミルク、2つお願いします」

アサキさんが注文を済ませると、すぐに運ばれてくるモーモーミルク。お辞儀して去っていくウエイトレスのお姉さんを見て、アサキさんがチハヤさんの名前を出した。相談に乗ってもらうという感じではないが、俺を癒してくれるって意味では断トツNo.1の、カムパネルラの美人メイドさん。俺の元気が出るように気を遣ってくれてるんだろうな、ってのはさすがに気付いた。


アサキさんならちゃんと聞いてくれるってのはわかってるんだ。気を遣わせるとかそういうの、好きじゃないし。でもまだ言葉が喉で引っ掛かる。もごもごと話し初めで言い淀んでいたら、アサキさんの真っ直ぐな視線と目がかちあう。それで決心がついた。








「…アサキさん、ありがとう」

全部聞いてもらったあと、本当に心からそう思って。心のもやもやはもう消えていた。こんなに簡単なことが今までできてなかったなんて馬鹿みたいだ。馬鹿みたいだけど、相談できる人という存在の大切さを改めて身に染みて感じた。ようやく、貼付けたようなのじゃなくて、ちゃんと笑えた気がして。でも、俺らしさに足りないものがあと一つ。それは、シンオウに来てから落ちてた、大きな理由の一つでもある。

「あの、アサキさん、もう一個お願い、聞いてくれません?」
「ん?何?」
「どうしても、見たいものがあるんです!」





アサキさん(の先輩)のトロピウスに乗って空を飛んで、連れてきてもらったのは、ナギサシティという街。太陽の街と呼ばれているらしいそこの風景は、まさに絶景。黒や灰色に溢れていた心に、鮮やかな青や赤、黄色や緑が溢れ出してくる。潮風に吹かれていたら、泣きそうになってきた。じんわりと心に広がる思いは、やっぱ俺は海がないと生きてけねーなってこと。


かなり長い間海を眺めた後、アサキさんにお礼を告げて、でもそこを動く気にはなれなくて。

「どうする?タロくん」
「やばい、俺今、絵が描きたい」

ずっと描けなかったって話はさっきしたし、今こんなに描きたい気持ちになって興奮してるの、きっとこの人はわかってくれる。やっぱり、アサキさんは優しく笑ってくれた。

「見ていても構わない?邪魔はしないから」
「もちろんいいすけど、俺、集中したら全く喋らなくなりますよ?」
「そんなタロくんを見てみたいんだ」

そういえば、カムパネルラの知り合いの前でガチで描くことって、珍しい。いつも、簡単なスケッチ程度だし。そう思ったら少しだけ照れる。

「時間かかったら、帰っちゃってもいいすから!」
「うん」

にっこり笑ったアサキさんは、俺の言葉が照れ隠しなんて当然お見通しで、帰る気なんかないんだろうけど。一歩下がったアサキさんの視線を若干感じながら、ガサガサと画材を準備する。クチバやグレンから見る海は描き飽きるほど描いてきた。それでも描き足りないくらいにたくさんの顔が海にはあるんだから、初めて訪れる海なんて、俺にとってはインスピレーションの詰まった宝箱みたいなものだ。きらきら、わくわく、ドキドキに溢れている。芸術家をしていてよかったなぁって瞬間。





「…っ、はぁー、できた!」

アサキさんそっちのけで描き耽って、気付けば時間は夕暮れ。それでも一枚完成させるには短すぎる時間だから、絵はガサガサで雑なものになってしまった。でも、売りもんじゃないし、とりあえず気持ちを落ち着かせられたし、満足満足。振り返ってみれば、描きはじめる前と同じ笑顔のアサキさん。俺は苦笑いで声をかけた。

「つまんなかったでしょ、アサキさん」
「いや、芸術家さんが絵を完成させるところなんかそう見れないし、いいもの見せてもらったよ。芸術家さんって本当に、出来上がったものはもちろん、作り上げる過程も芸術なんだなって…なんて、ど素人が言うのもなんだけど…」

そう言ってアサキさんは、近寄って俺の絵を眺める。ほんと、くすぐったいこと言う人だ。照れる。アサキさんはまじまじ絵を見た後に、一息ついて笑った。

「なんだか、タロくんらしい色だね」

今完成した海の絵は、俺にしては珍しい、ノーマルな感じの色使いの海の絵。ただ、とにかく使う色がたくさんたくさんでカラフルで、ガチャガチャした感じ。そして、そんな中でも際立ってるのは、太陽。ナギサシティが太陽の街って聞いたから、気合い入れて描いてたのか、それとも気持ちの問題か。

「こっち、シンオウに来てから何枚か描いた絵です」
「どれ?……、」

俺の絵を見て、笑顔が固まるアサキさん。淀んだような色が多くて、多分アサキさんの言う「俺らしい色」とはかけ離れてる色使い。

「アサキさんの大好きなシンオウ地方の絵なのに…こんなん見せてすいません」
「いや…話には聞いていたけど、タロくんの色使いにはこんなにも顕著に気持ちが表れているんだね…」
「はは、単純だから」
「でも僕はどっちの絵も好きだよ。どっちが駄目とかはないと思うんだ。だってどっちもタロくんの想いがこもった絵でしょう?人の想いって、良い想いでも悪い想いでも、貴重で大切なものだと思うんだ」

真っ直ぐな目を見たら、ここで会えたのがアサキさんで良かったと思った。

「そうだよな…でも、俺にとっては辛い記憶の掃きだめの絵だし、あんま見たくないし、…」

腰のベルトからボールを取って投げる。飛び出したグルの前に、暗い色の絵達を放った。

「もういらねー!グル、はかいこうせん!」

グルのはかいこうせんは、絵を一瞬で塵にした。ぱらぱらと少しだけ残ったかすみたいなものが、海に落ちて、すぐに波に流され消える。一連の出来事を呆然と見ていたアサキさんに、いつもの笑顔でにいっと笑いかけた。

「でもアサキさんの言葉は嬉しかった。やっぱ俺、アサキさん好きだ!」
「あ…ありがとう、?」
「俺、これからもう一回シンオウ地方を回りなおします。本当はシンオウで行きたい場所、見たいものはいっぱいあって。でも手持ちのやつらがいないのとか、海を見れないのとか、いい絵が描けないいらいらとかが合わさって、悩んで、全部逃してきたんで。花畑も湖も、テンガン山の山頂も、他にもたくさん!この目で見て、そんで絵にして…そしたらまたアサキさん、見てくださいね!」
「もちろん。楽しみにしてるよ」

アサキさんの笑顔は俺の背中を優しく押してくれた。最後にもう一回お礼を言って、深く頭を下げた。もう大丈夫だ。もう俺は、負けない。



明けの明星




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長々とアサキさんをお借りしました!「明けの明星」は、タロの暗い気持ち=夜を終わらせて、朝を告げてくれる金星=アサキさんみたいなね…ひねりがなくてすいません!アサキさんらしい深いい言葉が難しくってうまく表現できませんでした…が、タロの着色のあれこれとかはかけてよかったなと!斗望さんありがとうございました!




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