その日は国中がお祭り騒ぎだった。冬だと言うのに街は花で鮮やかに飾り立てられ、通りにはいくつも屋台が並び、誰もが笑顔だった。新聞売りの少年が、街中を飛ぶように走り回りながらばら撒いている新聞には、オトギノクニの王妃様が初めての子を無事出産したという大きな見出しが載っていた。ヒラヒラと舞い降りてくる新聞を器用に空中で掴んだのは、ゴツゴツとした龍の革で作ったグローブをはめた手。にこにことしたお祝いムードの街に馴染み切れていない、無愛想な男だ。

ドミニクはオトギノクニの王女様にのみ側近として仕える特殊な騎士。王女様がご結婚されて、つまり王女様が王妃様になった時、一度側近騎士を引退していた。が、この度のご出産の報を受け、再びその任に就くために城へと向かっている最中だったのだ。街を歩いていると、無愛想な彼にも次々に花が手渡される。ドミニクもそれを、短い感謝の言葉と共に全て受け取っていく。王女様ご結婚までの十余年、側近騎士として城下街にも頻繁に出入りしていたドミニクは街の人々からして見たら馴染みの存在であり、彼が笑ったところを見たことのある人の方が貴重であることを皆が良く知っており、彼が笑っていないのは不機嫌や祝いの気持ちがないという理由ではないことも皆が理解していたのだ。なので、街を抜けて城の門へと着く頃には、彼は腕いっぱいの花を抱えることになっていた。

「ドミニクさん!お久しぶりです!」
「ああ」

門番は親しげに話しかけると、開いたままの門をどうぞと示した。王妃様の体調が落ち着いたら国民にご挨拶の式典があるので、城には庭師等たくさんの人が慌ただしく出入りしており、門は開けたままにしているようだ。

「今日はまた、素敵なブーケをお持ちですね」
「街を抜ける際、そこら中で花を配っていてな。無下にするのも悪いと思い全て受け取っていたら、この量だ」
「あのドミニクさんがお花を持ってくるなんてって、国王様も王妃様も驚かれると思いますよ。あ、せっかくだからリボン持ってきます」

門番の持ってきたリボンで束ねられた大きな花束を持って、人の行き交う庭と玄関ホールを抜け、慣れた足取りで奥の居住スペースへと向かう。寝室の大きな扉の前には見張りの騎士がおり、ドミニクを見るとまた懐かしそうに笑った。

「お久しぶりです。似合わないもの持ってますね」
「ああ。似合わないだろう。陛下は中か」
「お二人……じゃなくて三人共、中におられますよ。少し前まで泣き声がしてましたけど、静かになったから、今は寝てるかもしれません」
「俺の顔を見たら大抵の子供は泣くからな……寝ている方が、安心して見れる」
「ドミニクさんが笑わないからですよ」

ふむ、と神妙な顔をしてから、ドミニクは重厚な扉を押し開けた。



そこは、側近時代に再三片付けた姫の部屋ではなく、王様夫婦の寝室だ。王妃は大きなベッドに上半身だけ起こしており、王様はその隣に椅子を置いて掛けていた。

「失礼します」
「おお、ドミニク」
「久しぶり、来てくれたのね」
「タイミングが悪かった、ついさっき寝ついたところだ」
「いえ、自分を見ると子供は泣きますから……ご出産おめでとうございます」
「あら、花束なんて!明日は吹雪かしら!」

花束を渡す為にベッドに寄ると、王妃の隣には真っ赤なほっぺの赤ん坊が転がっていた。

「可愛いだろう。どっちに似てると思う」
「……姫……じゃない、王妃様でしょうか」
「やっぱり!そう思うだろう。この子は将来美人になるぞ」
「名前は、インヴェルノ。白雪、と呼んであげてね」
「白雪様……」
「よく澄んだ冬の美しい日に生まれた子よ。ぴったりの名でしょう」

愛おしそうに我が子の頬をなぞる王妃様の表情は、クローゼットで隠れんぼをしたり、嫌いなおかずを目を閉じながら口に放り込んだりしていたお姫様のものとは別人で、成長なされたなぁと親心のような感慨深さを感じてしまう。

「しんみりしてるが、おぬしにも職場復帰してもらうことになるからな。顔が怖いとか言ってられんぞ」
「顔は怖くても心は優しいのをこの子は解ってくれる子よ」
「まだしばらくは私達も甘やかしたいし、初めの間は側近というより警護になるだろう。頼むぞ」
「身に余る光栄です」
「それからドミニク、後継は決めておるのか?」
「後継……考えたこともございませんでした、そうか、後継……」
「お爺ちゃんになってからじゃ、跡継ぎにお稽古をつけてあげることもできないものね」
「そうですね……それも早急に考えます。王妃様、お身体の調子はいかがなんですか?」
「元気よ。白雪の顔を見ていたら、どんな事だってできそうな気がしてくる」
「安心しました。長居してお身体に障るといけませんので、自分はこのへんで……小さな姫のお顔が見られて良かった」

花束を王妃様に手渡して、笑顔の二人と眠っている小さな新しい主人に一つ礼をして、ドミニクは部屋を後にした。






生まれた王女様が一歳になり、国王夫妻がゆっくりと公務に戻られるようになると、子育てに不慣れなドミニクの代わりに、国の会計を任されるウィルマが世話を手伝ってくれるよう、王妃様が取り計らった。
今日も、白雪を寝かしつけた後、いくつかの書類に目を通すからとウィルマが席を外したわずか数分後、さっそく起きて泣きだした白雪に慌てたドミニクが、すぐに彼女を呼び戻す事になった。

「いつも申し訳ありません、ミズ・ワーズワース……」
「いいえ、お気になさらないで。私も好きでやらせて頂いておりますもの」
「本当に心強いです」
「でも貴方も、少しお世話の仕方を覚えた方がよろしいかしらね。もしもの時に、困らないでしょう」
「……それは、確かに。自分も一から教わらなければと思ってはおりました。その……後任の事を考えておりまして」
「あら、後任についてはまだ何も決まっていないと伺っておりましたけれど、考えていらしたのね」
「ええ、自分も先代に拾って頂いた身ですし、親のようにしてもらっていましたから、自分も養子をとろうかと……それで、白雪様にもお歳が近い方が、きっと話も合うかと思いまして」

それを聞いて、腕の中で再び眠る白雪から視線を上げたウィルマは、にこりと穏やかに微笑んだ。

「とても良いお考えですわ。でもそれならしっかりと、準備をなさらないといけませんわね。一つの命の責任を負うことになるのですから。明日からは、少しだけ厳しく、お勉強をしていきましょう」

ドミニクはごくりと姿勢を正した。

「お返事は?」
「は、はい」

憤怒隊所属の頃の彼女を知っている者でなくても、会計をしているかなりお茶目な彼女を知っている者でなくても、穏やかで慈愛に満ちた彼女の笑顔の裏にある不思議な圧力で、思わず頷いてしまうことだろう。こうしてドミニクの父親修行が始まるのである。






白雪が二歳になる頃、ドミニクはぎこちないながらも、様々な世話をこなせるようになっていた。朝のミーティングを済ませた二人は、白雪の起床時間まで、部屋の周りの掃除をする。

「そろそろ白雪様もお作法の教育係が付く頃ですね」
「ええ、貴方にもそろそろ、合格を差し上げなければいけませんね」
「え……」

感動の余り、箒を掃く手を止めて声を漏らしたドミニク。ウィルマはいつものようににっこりと微笑んでいる。

「最後に一つだけ。もっと笑顔を見せた方が、子供はきっと安心できますわ」
「笑顔……ですか……」
「うぃるま、どみにく……?」

ガチャ、と扉が開いて、起こす前に白雪が起きてきた。

「あら白雪様、おはようございます。ほら、ドミニク」
「……おはようございます、姫様」

ドミニクが精一杯の笑顔で挨拶をすると、ひゃっとすぐにウィルマの背へ隠れる白雪。

「どみにく、おこってる?」
「……怒っておりません、姫様」
「さあ白雪様、お寝間着のままお部屋を出てはいけません。お水とお着替えをお持ちしますから、部屋でお待ち下さいませ」
「はい」

ドミニクが笑顔を止めると、白雪も安心したのか素直に部屋へ戻った。恨めしい顔で見てくるドミニクに、ウィルマはおほほと楽しそうに笑う。

「ミズ・ワーズワース……」
「なかなかですわね」
「勘弁して下さい、お人が悪い……白雪様に嫌われたら仕事になりません」
「大袈裟ですわよ。それと、本日の午後にでも、お後継ぎの件、見にいってらしたらどうかしら。今朝のミーティングで、午後からは慈悲隊が年末の挨拶にみえると言っていましたし、城は安全でしょうから」
「そうですね、ではお言葉に甘えて……」








教会の神父は、孤児院の管理もしているジルという男で、今年救恤の隊長に就任した。隊長になると城への出入りも増える為、ドミニクも顔見知りだ。とはいえ、今朝の通り、彼は顔が怖い為、子供の多い教会には必要以上に近寄らない。威圧感のあるいつもの重装備も置いて来たが、教会の孤児院の前に来ると、広いところで遊んでいた子供達がそそくさと中へ引っ込んで行った。いつものことだが少し落ち込みつつ門に手をかけると、先程の子供に呼ばれたのか、ジルが中から顔を出した。

「どうも、ジル隊長」
「どうも。子供達が不審者と言うから、誰かと」
「不審者……王女側近の騎士の顔くらい、覚えてもらえると嬉しいが……」

素直な子供の言葉は胸に刺さる。

「以前少し話したことがあると思うのだが、」
「養子の件、だったか」
「ああ。養子というか、弟子というか、後継として育てたいのだが。白雪様と近い歳の子だと良い」
「一度、中を案内する。ここでどんな暮らしをしているかもわかっていた方がいい。子供達は食堂でおやつを食べる時間だから、そこに集まっているだろう」
「お願いします」

ジルに案内され孤児院内を見て回る。子供達は食堂に集まっているという言葉通り、他の部屋には人影はないようだ。どこも綺麗に整理整頓されている。院内は朝、皆で掃除をするという。幼児から青年まで、様々な年代の子供達達が、支え合っているようだ。

「この部屋が最後、食堂だ」

ジルが部屋に入るとワッと子供達が集まって来たが、続いて入ってきたドミニクに気付き、さっと輪が割れた。

「こちらは白雪様の側近騎士、ミスター・ドミニクだ。ご挨拶しなさい」
「はじめましてー」
「……こんにちはー」
「こんにちは、おやつの邪魔をしてすまない」

紹介をしてもらい、いくらか警戒はとかれたようだ。ジルは子供達がおやつを食べているローテーブルを通り越し、奥の食卓の椅子をひいて、ドミニクにそこに座るよう促した。

「ケイト、コーヒーを淹れてくれるか。花瓶の水も変えてないな、ラシード、変えてくれ。エイミー、こぼしたら自分で片付けるように子供達に教えてやってくれ。……騒がしてくてすまない」

ケイトと呼ばれた10歳ほどの少女が嬉しそうにキッチンへ入り、来客用の綺麗なカップでコーヒーを淹れてくれる。ラシードと呼ばれた少年は花瓶を抱えて洗面所の方へと向かい、孤児院の中でもお姉さんに見えるエイミーが、まだ小さい子供達に掃除道具の説明をする。

「いや、今自分が四苦八苦しながらやっていることを、ここの子供達はテキパキとこなすのだな……正直、感心する」
「白雪様は国の未来を背負うお方。ここのようにはいかなくて当然だろう」

エイミーに教えられ、騒ぎながら箒で食べこぼしを掃除する子供達を眺めていると、ケイトが大きなお盆でおそるおそるコーヒーを運んできた。

「ミスター、お砂糖は……」
「ああ、ありがとう。二つ、頼もう」
「甘党なのか」
「その顔で、とよく言われる」

はは、と笑いながらコーヒーカップに手を伸ばすと、その袖をくいっと引かれた。視線を下げると、片手にドーナツを持った子供が、ニコニコとドミニクを見上げていた。子供から、初対面で好意的な目を向けられた事のあまりないドミニクは、ポカンとしてしまう。金髪に青い瞳の、白雪姫と同じくらいの年に見える少年だ。

「あまいの、すき?」
「あ、ああ、」

ドミニクの返事に嬉しそうに笑うと、少年は持っていたドーナツを半分に割って、その片方を差し出した。

「あげる!」
「え?」

わけもわからず受け取ると、彼はまたニコーっと笑った。

「こら、オリバー!座って食べなさい!」

離れたところでエイミーが怒り、オリバーはぴゅっと彼女の元に走っていった。一連の流れを見ていたジルは、ふむとコーヒーを一口飲み、ケイトはふふふと笑った。

「……彼は?」
「オリバーだ。多分、白雪様と同じ歳だ」
「多分?」
「オリバーはほとんど産まれたてで教会の前に捨てられていたからな。まだ国中で白雪様の生誕祭をしていた頃だ。ノッカーが鳴って、出てきた時には籠に入って眠る彼がいるだけだった。お包みが北の山岳地帯の工芸品の布だったから、北の産まれだろうという事だけはわかった。オリバーという名前は、そのお包みに刺繍されていたものだ」

ドミニクがオリバーを見ると、半分のドーナツをもそもそと時間をかけて齧っている。良く言うと、おっとりしている子のようだ。

「もう心が決まったか」
「随分、人懐こい子だな。自分とは間逆だが、城では上手くやっていけそうだ」
「オリバーはてれやだから、いつもははじめての大人のひとにはあんまりあいさつしないですよ」
「ん、そうなのか?」
「そうだな」

視線に気付いたオリバーがドーナツを持ったまま、またへらりと笑った。どうやらドミニクは、殆ど人生で初めて、初対面で子供に懐かれたようだ。









「しーしょーお〜〜」

スノーホワイト領とワンダーランド領の間、国王夫妻の暮らすお城の側に建てた簡素な小屋の戸を、いつもより厚手のマントを纏ったオリバーがドンドンと叩いた。首元にはいつものリンゴのピンを留めている。

「開いてるぞ」
「お邪魔します。師匠、もう年が明けちゃいますよ!スノーホワイトのお城に、顔くらい見せに来て下さいよお。白雪様も言ってましたよ。もう騎士団の年末の挨拶も全隊済みましたし」
「引退した身だ。オリバーこそ、ここまで来たなら陛下に挨拶していきなさい」
「ご挨拶はとっくにしてます。今日来たのは……ええ、師匠、今日何の日かわかってないんですか?」

話しながらオリバーは、マントを暖炉の前のコート掛けに引っ掛け、引きこもりの師匠の為に城下町で買い込んだ食料の紙袋を机の上にのせ、ケトルを火にかける。

「わかってる。お前の誕生日だ」
「ひどい〜わかってるのに来てくれなかったんですね!自分から来ちゃったじゃないですか」
「来るのもわかってたからな。ケーキが買ってある」
「え!」
「お、これは、ワンダーランドの茶葉か。これにしよう」

ドミニクはオリバーが持ってきた紙袋から、城とワンダーランドの騎士団の紋章が刻印された木箱を取り出す。

「あ、それ、マッドハッターのティティちゃんがわけてくれたんですよ!一番美味しい淹れ方も教えてくれました。確かに、甘い物にとっても合うからお茶会でも評判って言ってましたよ」

嬉しそうに木箱を受け取り、慣れた手つきで紅茶の用意をする。

「ああ、コルネリス隊長の……」
「それはお茶会主催の特別ブレンドだから、騎士団の紋章の箱に入ってるそうですよ。師匠、ケーキってどこですか?」
「奥の吊り戸棚だ。……用意しよう」

現役と先代の姫の側近なというだけあって、テーブルセットはあっという間に整った。二人は向かい合って席に着き、食事の前のお祈りをする。もうすぐ新年を迎える国のいっそうの繁栄、仕える姫であり幼馴染みである女の子の幸せ、そして我が子同然の弟子の未来について。

「それじゃあいただきます、師匠」
「ああ。誕生日おめでとう」
「えへへ……ってこれ、もしかしてエーリッヒ・ケストナーのフルーツケーキですか?」
「知ってるのか」
「知ってますよ!国境近くの有名な老舗の洋菓子屋さんですよね。今の時期はケーキを食べるイベントが多いですし、城下でもよく名前を聞きます。クリスマスからニューイヤーの間は予約がいっぱいで全然買えないって」

オリバーがキラキラした顔でドミニクを見ると、ふいっと顔をそらされる。

「師匠〜〜!」
「まあ、たまの機会だからな」
「師匠、顔が怖くて素直じゃないけど、ほんとに優しいですよね……ありがとうございます!」
「お前は怖いと思ったことないだろう。初対面からそうだった」
「ええー?小さい頃すぎて覚えてませんけど、師匠と初対面で泣かない子供なんています?僕相当肝が据わってたのかな?」
「お前以外に殆どいないから、今ここにいるのがお前なんだ」

オリバーはまた、えへへと照れ笑いを見せて、ケーキに手をつけた。食べるのが遅いところは、昔から変わっていない。




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