スノーホワイト領にある、とある博物館のホールでは、定期的にピアノの演奏会が催される。これは博物館で働く学芸員のアンネが企画したものであり、演奏者はいつも、彼女の顔馴染みで、近頃スノーホワイトで売り出し中の新米ピアニスト、ララだ。ホールの脇には小さな喫茶スペースもあり、しっとりとした午後のティータイムに悪くないと、意外に好評である。

「毎月、呼んで頂いてありがとうございます、アンネさん!」
「いえ、こちらこそ!最近は、ララさんの定期演奏のある日は、来館者数が増えるんですよ」
「本当ですか!嬉しいです!」

今日も演奏を終え、帰るララを、アンネは玄関ホールの外まで見送りに出た。博物館は街の中心部の大きな通り沿いにあるので、外は賑わっている。少し立ったまま世間話をしていると、ガヤガヤしていた通りから、わっと歓声が上がった。二人がそれにつられるように顔を上げれば、巡回の騎兵隊が数人の女の子に囲まれているのが見えた。馬が通る、危ないから下がるように、とその中心で声を掛けているのは、二人にはとても見覚えのある顔だった。その彼もまた二人に気付き、少し表情を和らげて片手を上げた。その場を一緒にいた部下に任せ、するっと人混みを抜けてくる。

「シャトーさん、お疲れ様です!お久しぶりですね」
「ああ、顔を合わすのは久しぶりだな。巡回で定期的にここを通るが、ピアノの音だけはよく聞こえてくる。よく演奏会を開いているのか?」
「不思議な出会いでしたけれど、せっかくのご縁ですので、月に二度ほど、定期演奏会をお願いしているんです」
「月に二度?通る度やっているから、もっと頻繁にやっているのかと思った」

意外そうな顔のシャトーに、アンネとララは顔を見合わせて、笑った。

「実は、シャトーさんが巡回でこちらへ来られる日に演奏会をして頂いているんです」
「あの日、一日だけの出来事でしたけど、印象深すぎて、縁を感じずにはいられなくて。アンネさんと会うと、ついシャトーさんのことも思い出すんですよね!」
「それは、俺もこの博物館を通る度思い出すからわかるんだが……俺の巡回の日を何故知っているんだ?」

シャトーのもっともな疑問に、再びアンネは笑った。

「わかりますよ。シャトーさんも、いつも一緒に巡回をされている騎兵隊の方達も、整ったお顔立ちをしてらっしゃいますから、通られると俄かに賑わうんです。定期的ですから、博物館の喫茶スペースで働く若い女の子達は、いつ来るか覚えていますよ」

三人は、今も女の子達に囲まれている騎兵隊員へ目をやった。彼らは手慣れた様子で女の子達に対応している。

「騎士団に次いで、女の子の憧れの職業っていう感じしますからね、騎兵隊って!」
「そうか?……いやしかし、縁を感じているのなら、そんな遠回しでなく、通り掛かりに声でもかけてくれたら良いものを」
「それはでも、あくまでお仕事中ですから、お邪魔できないと思って。でも今日はお話できて嬉しいです。シャトーさんも覚えていらっしゃるかと、ララさんとよくお話していたんです」
「そうそう、簡単に忘れられるような出来事ではあるまい」
「あまりに非現実的でしたから、わたしなんかむしろ、夢だったように感じてます」

しばしの間、知らずの森で起こった、三人しか知らない不思議で不気味な出来事についての話をした後、シャトーがちらりと懐中時計を見て、部下達の方を見る。囲んでいる女の子達は長く彼らと話せて嬉しそうにしているが、部下の方はちらちらとシャトーの様子を伺っているようだった。基本的に住民達に話しかけられた場合はいつも邪険にはしないが、あまり油を売っていても良くない。

「失礼、俺はそろそろ仕事に戻らなければ」
「そうですよね、引き止めてしまってすみません!」
「いや、俺もあの日の話ができて少し、こう、すっきりした。あんな話、誰にしたって信じられないだろうし、なんなら気が触れたと思われてもおかしくないからな」
「実際、正気を保てなくなりそうな瞬間もありました……」
「わかります……これからも、しばらくはこちらで定期的に演奏をさせて頂ける予定ですし、良かったらまた三人でお話ししましょう!シャトーさんは、ピアノもぜひ、聴きにいらして下さい」
「そうだな、そうしよう」

賑わう大通り、待たせていた部下から馬の手綱を受け取り、去っていくシャトーを見送ると、ララもアンネに頭を下げた。

「わたしもそろそろ失礼します。次回も宜しくお願いします!」
「はい、ありがとうございました。お気を付けて」

いつものクラッチバックを片手に、足取りも軽く人混みに消えていくララを見届けて、アンネはふう、と一息ついた。知らずの森の館でのことは、今日のように不思議な縁を結んでくれたが、あの日のことを思い出すと未だ、不安とも恐怖とも取れるような、表現し難い不快な感情に襲われる。せめて気持ちを共有できる人がいて良かったと、思わずにはいられない。ひやり、と居心地の悪い視線を感じたような気がしてくるりと振り返るが、そこにはいつも通りの博物館の広々したホールが広がるだけだった。あの時の三人で会ったせいで、あの時の事が鮮明に思い出されて、変な想像をしてしまったなとアンネは首を横に振る。彼女もまだ勤務中なのだ。いつもの日常に気持ちを切り換えるように、アンネは駆け足気味に博物館の玄関をくぐるのだった。






知らずトリオ後日談
後で確認したらシャトーさんAPP10だったし
立ち絵イケメンだから騙された……




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