「おはよう、ペネロペ。今日も素敵に不機嫌そうな顔だね」
「おはようございますキングスコート隊長。スピノラとお呼び下さい。本日は朝礼の後、午前中は国境付近の見回りです」
「いいね〜。なら今日は新人くん達を連れて行こうか」

隊長の執務室のデスクで鏡を眺めて髪を整えていたグロリアは、不機嫌なペネロペににっこり笑って、朝礼の為に部屋を出た。

今日の仕事は、オトギノクニと他国との国境付近の見回りだ。ワンダーランド領とスノーホワイト領との境と違って、他国との国境付近では、たまにではあるが、剣を交えるような事態になることもある。見回りは通常少人数の組に分かれて行うので、今日はグロリアの指示により、隊長のグロリアと副隊長のペネロペ、それに最近配属された新任騎士の二人を加えて国境付近に赴くことになった。




「緊張してるねぇ。怖がらなくていいよ、身構えすぎると良いことないからね」

朝礼後、のんびりと街を抜けた四人は、国境付近にある川へと差し掛かる。ガチガチになりながら歩く部下に、にこやかに声をかけて、グロリアは伸びをした。

「た、隊長と見回りなのに、気を抜くなんて……!」
「隊長だからって特別気を使うことはないよ、僕は誰でも平等に愛するからね!ね、ペネロペ」
「スピノラとお呼び下さい。確かにキングスコート隊長はそういう方ですね」

棘のあるペネロペの言い方に、新人二人はビクビクしている。傍目に見ても、ただただ可哀想だ。

「大丈夫、これがペニーの愛嬌だから僕は怒ったりしないよ〜」

グロリアが、一歩後ろにいた新人の片割れ、ミカの頭をぽんぽんと撫でた。ミカは真っ赤になり、少し歩みが遅れる。

「君は確かペネロペに憧れて入隊したって言ってたよね。配属も色欲で希望してくれてたよね。色欲は器用貧乏部隊でそういう子少ないから嬉しいな〜」
「は、はいっ!私も弓を使うので……!スピノラ副隊長のように、隊長を補佐できたらと思って……!」
「ありがとう。お互いに頑張りましょうね」
「はいっっ」

ミカは深々と頭を下げる。ペネロペは、グロリアには向けたことのない優しげな笑顔を見せた。

「そっちの君は?えーと」
「は、はい、自分はジェフと申します!」
「ジェフはいつかは強欲に異動を希望だったかな?あそこは色々と特殊だから、色欲でたくさん鍛えてあげるからねぇ」
「は、ご、ご指導宜しくお願いします!」

他隊希望でドキドキしていたのか、ジェフはホッとした表情で返事を返す。

「そういえばペネロペは色欲希望だったの?ペネロペが入隊した時、僕まだ怠惰にいたから全然知らないんだよね。なんかメイメイ隊長を尊敬って感じでもないよね」
「スピノラとお呼び下さい。希望は特にしておりません。どこへ配属されてもやる事は変わりません」
「お、なんか聞いたことのあるセリフだ。じゃあ尊敬する騎士とか志してる人とかいないの?」
「……もちろんキングスコート隊長です」
「そんな目をそらしながら言われると、照れるな〜。でも本当は?」
「…………………ワンダーランドで申し上げるなら、ティガー政務官です」
「なるほど!ティガーさん!なんとなく、わかるなあ。でもあの人、きっとペネロペが思ってるより意外にファンキーだよ」
「言わせておいて、そういう事をおっしゃるんですね」

珍しく、呼び方を訂正するより先に非難の言葉が出た。ごめんごめんと適当に謝って流したあと、目の上に手をかざして小さく声を漏らす。

「大変だ。こんなところに、子ウサギちゃんがいるね」
「子ウサギ?」

ミカがグロリアの視線を追いかけると、幼い女の子が二人、川沿いで遊んでいる。こんな国境で、保護者もいないところを見ると、迷子か、こっそりと遊びに来たか。どちらにせよ、街まで送らなくてはならない。ペネロペが近付き、声をかける。

「お嬢ちゃん達。二人きり?」

少女達は水遊びを止めて、頷いた。

「ここは外国の近くだから危ないわ。どうしてこんなところに?」
「森であそんでたらまいごになっちゃって、ぬけたらここだったの」
「帰り道を教えてあげる。街まで一緒に戻りましょう」

少し不安げな少女達。帰り道は知りたいが、知らない人について行くのを渋っているようだ。ペネロペがどう説明するか考えていると、視界の隅で太刀をなぞるピンクの手袋が見えた。

「ペネロペ、それにミカにジェフ。子ウサギちゃん達を任せられるかな」

そう言って、死角になっていた茂みへぴょんぴょんと駆けていくグロリア。はっとして意識を集中させると、茂みと川向こうにいくつも人の気配があった。

「騎士様だ!」

副隊長の自分を知らなくても、さすがに隊長の彼のことは知っていたらしい少女の一人が、目を輝かせた。

「そう、騎士団よ。あなた達をここから安全に逃がすから、付いてきて」

そう言って先程までより少し強引に彼女達をその場から引き剥がし、街の方へと足を向けた。

「スピノラ副隊長!私達もこちらへと指示されましたが、隊長を一人で置いていってしまって宜しいのでしょうか?」

迷いがちに後を追ってくる新人達。グロリアはすでに戦い始めており、今はもう、少女達に見せるのは憚られるような恍惚とした顔をしている。ペネロペはそれを不機嫌な表情で一瞥した後、一言。

「自信があるなら残ってもいいわ」

一瞬足を止めた新人コンビは、背後から聞こえてきたグロリアの笑い声に顔を見合わせ、大人しくペネロペを追った。







近くの街へ少女達を預けた後、ペネロペ達は大急ぎで先程の川縁へと向かう。

「隊長、ご無事でしょうか…」
「あの人は、戦っているとすぐ怪我をするの。剣先をギリギリで避ける以外の身を守る行動を、全然とらないのよ。それでも、いつも、あの人には勝てる気がしないの」
「お強いんですね……」
「違う、痛いのも喜ぶのよ」

ペネロペは嫌そうな顔をしながら言った。

「大罪の騎士達ってみんな、どこの隊でもどの世代でも、特に戦いに関しては、どこか吹っ飛んでいるようなところがあるけど…キングスコート隊長も例に漏れず、頭がちょっとおかしいと思うわ」
「は、はあ……」
「……それでもスピノラ副隊長は、キングスコート隊長の元でお勤めになって、もう数年になりますよね」
「まあ、そうね、それなりに尊敬するところもあるわ。成り行きとは言え副隊長に指名されたのも誇りに思ってる。上司としては、大罪の騎士の中でも接しやすい人だとも思うし、私では絶対に敵わないくらい強いとも思ってるわ」
「……」
「ただ、人としては好きじゃないけどね」

ペネロペがこんなにグロリアについて褒める事は普段ならまず無いことを、新人の二人はまだ知らない。でも、最後の言葉を付け足した時の彼女の表情から、今のポジションを意外と嫌いじゃないのかもしれないということは、わかった。

「プライベートでは関わりたくないわ。貴方達も、憧れだけで追いかけては駄目よ。あの人は愛してくれるけど、一番にはしないから。一番になりたくなてしまった子は、色欲にはとてもいられないわ」
「でも、お仕事のパートナーとしては、信頼されているんですね」

ペネロペは答えず、問うてきたジェフに一つ微笑むと、背負った靫から矢を抜いた。慌てて新人二人が見回すと、交戦中のグロリアは、今は川向こうにいた。こちら岸の茂みの中にも、倒れた人影がある。ペネロペは矢を三本、続けざまに放った。二本はグロリアと相対していた男に命中し、もう一本はグロリアに向かい、彼に弾き飛ばされた。のんびりとした、大きな声が川向こうから飛んでくる。

「ペネロペ!荒っぽいただいまの合図だなぁ!ちょっと遅かったね!」
「スピノラです!隊長、お怪我は!」

グロリアの下半身は泥でぐちゃぐちゃに汚れており、上半身は血でぐちゃぐちゃに汚れていた。しかし、笑顔だ。

「大きな外傷はないよ!ペニーはそのまま援護して、ミカとジェフはそっちに倒れてるウサギちゃん達を確保しておいてね!」

見たところ、残る侵入者は二人にまで減ったようだ。グロリアは川向こうの侵入者達を追い詰めるため、川をざぶざぶ渡り、あのように泥だらけになったようである。ミカとジェフは、指示を受けてようやく緊急事態を頭で認識できたらしく、にわかにあたふたしだす。

「訓練と一緒よ。落ち着きなさい」
「は、はい、スピノラ副隊長……!」

数十人倒して気分もノっている隊長が残り二人を倒す援護をするより、こっちの手伝いをした方が早いのでは、と思いつつ、新人達の成長の為、ペネロペはいつもより余裕を持って矢を番えた。グロリアも、先ほどよりおちょくるような動きをしている。ミカとジェフがようやくこちら岸に転がっている侵入者達を縛り上げた頃、グロリアが一人を気絶させ、最後の一人は逃げるのも戦うのも諦め、泣きながら許しを請うた。

「処分を決めるのは僕らじゃないからね〜。よしよし、大きな男の子が泣かないよ!立って後ろで手を組んでね」

グロリアは剣をおさめると、子供をあやすように話しかけながら、腕を縛り上げた。他に転がっている男達も同じようにする。

「ミカ、ジェフ、怖かったね。よくできたよ!ペニー、女の子達は無事送り届けてくれた?」
「スピノラとお呼び下さい。はい、一番近い町で見回りをしていた色欲の小隊に預けました。事情も伝えましたので、じきに応援が来るかと」
「うんうん、手際が良いなあ!さすが僕の副隊長だね!今日は美味しいご飯を奢ってあげなくちゃなぁ」
「大変有り難いお誘いですが、お断りさせて頂きます」
「ペニー、そういう嘘はもっと有り難そうな顔で言った方がいいよ」
「スピノラとお呼び下さい。それから隊長、もう少し服を汚さないよう戦って頂けると助かります。今日の午後は隊長会議ですのに」
「そっかー!しまった、忘れてたなあ。早く帰って食事の前にシャワーと化粧直しを済ませなきゃ!」

血塗れの隊長とクールな副隊長のあまりにもいつも通りな会話や、遠くから来る色欲の応援部隊の足音を聞きながら、新人の二人は顔を見合わせ、どちらともなく大きく頷いた。自分達も、もっと強くならねばと。でも、今日はできるだけ早く休みたいと。ほんと言うと、めちゃくちゃ怖かったよねと。口にこそ出さなかったが、確かに同じ気持ちを共有しているのを確信していた。

今日の出来事は、二人の絆と心を少しだけ強くした。






言いたかったこと
・グロリアは優しい
・グロペネは程良い距離感で意外に仲良い
・ペネロペはグロリアがそこまで嫌いじゃないし感謝や尊敬もしてる
・でも好きではない
・ペネロペはさっぱりお姉さんキャラ




第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -